季節の海(2)

……もういいよ、と誰かが言ってくれるまで、僕は引き裂くように、ギターを弾くだろう。 練炭と七輪が既に捨てられていて、僕はひどくうろたえてしまった。 610ハップとサンポールを買ったときもそうだった。母はそれを善意だと思っているのだ。 僕はそんな善…

季節の海

彼が生きていた場所を僕は覚えている。彼は長椅子に寄り掛かって、ギターを弾いていた。青白い目の光の中で、名前の知らない星が揺れていた。 浅く、緩い昼寝の中で僕は自殺したいと思った。いつでも死ねる量の薬をトイレに流すと、薄青い粘膜が未来に広がっ…

空白

画集の、印刷の匂い、――――――――――私はもはや空っぽで、何も求めてはいない。 何もかもとお別れして、真っ白な風の中を消えていくのも、そう遠くはないだろう。 画集の印刷の匂いに鼻を近付けて嗅いでいれば、 私は十四歳のままあの頃の空っぽのまま. ……いつ…

デジタル

*肉眼? それは眼鏡のレンズの向こう側にある。どこまで得られるか、どこまで飛べるか、そんな競争を出来たら。何ひとつ確かじゃない部屋の中で、床や壁になって、人型の私もまた、この世で生きていない。 どんなに世界を軽蔑したって、世界が綺麗じゃなき…

沈黙

この瞬間、詩になれたら、それだけでいい。 詩は沈黙であって欲しい。 世界が沈黙に包まれたなら。僕の人生と死は、この瞬間から始まるのだから。この瞬間だけは、全ては無音であって欲しい。 真っ白な病院の屋上で、真っ赤なギターを弾いていた。たどたどし…

ガラスの中

ハチミツが、曇るような夕方。ねえ、三度の図書館通いも、擦り足でガラスの縁が溶けていくような、文字盤の上の日常だった。 タンポポが、闇に乾いて咲いていた。世界の総量は、黒い、人工皮革の辞書に閉じられた。 涙と、雨の区別が付かない。四角い、ひび…

*性格とは予言された死に対しての盾としての顔 繰り返すのは絶対に失敗しない温度のない太陽の下での軽業 *甘い憧れ、アメリカの音楽に地球の始まりの青の草原を感じることの幸せお茶の時間にも傘は回る 言葉は私を卑屈にする私たちは魚噂話や迷信が漁網の…

あなたがいつか見る世界

あなたは落ちてくる数百の、数百億の、情報を見上げる、 堆積した、雨。 きれいごとを口にしながらあなたは笑う (呼吸の中で日々を積み上げていけ)(僕の願いは、現実の光を透過して) あの光りは、どこからやって来たんだろうな? 卑屈な街の中であなたは…

6時30分の雨が降る死者としての百億の昨日とひとつの今日、全ては過ぎ去る。 そんなことはありえない、と人は言う。どうして?、と僕は言う。だってありえないんだから、と人は言う。どうして?、と僕は言う。 雨が降る 雨が降る僕は棺の中にいて、水のにお…

IMNOTHERE

*不思議な空間へ出かける/*×−×−×、01,0,-0,0,1,0…///…、家や、近場の、遠い。気になる温度の水溜まりへ、吹かれていく。放送のように、生放送のように、電波に乗り継いでいく、分散して行く私、カメラに映る、私のカメラに映った忘我と遊びは備忘録へ。 、…

解放/崩壊

崩れていく、笑み、 私たちは、生きていないのかも知れない、と日々自問したり、しなかったりしながら、それでも他人を他人としてみている私は、それでも生きているのかしら? (感情の連鎖、連鎖、連鎖) φ透明な墓場に、旋律が廻りはじめる、東京では、今…

どこかで明日が

視界が、壊れてしまった、味のしないジュースを飲んでいる、誰も隣にいる感触がしない私は街外れで明日を迎えている私は街外れで今日を終えている 空は記憶喪失の色を、見えない虫の羽音で知らせる、私の内蔵は赤くて重い、「誰も私を愛していない」(そうだ…

時計台

1みんな遊んでいる。時計台の中で。 表玄関に庭があり、それが道路に溶けていく。僕はそれを何処までも歩いていった。 結局僕は昔も今も、お風呂に浸ったままだ。全身が水ぶくれになって、溶けてしまうまで。 僕は読書をしている。本のことをギリシャ語では…

シグナル

ひとつの優しさが消えるごとに宇宙は消える。雨の日、学校に行くとき、3Dの花がいっぱい咲いてた。 そのとき僕は日本語のSFに嵌まっていて、それからアコースティックギターでヴィヴィッドなピンクの遊園地とか、真っ赤な松の木とか、あらゆる救命用具とか、…

裏庭

本たちが静かに歳を取っていく。僕は白いプールのような一室で音楽に浮いていますが、隣の宇宙であなたは今この瞬間、何をしていますか? この眼で確かに見るようなのです。ゴッホの、汚れた塗り絵みたいな室内には黄色が多くて、寂しさの永遠性を象徴してい…

老いた石

星の裏庭で髪を弄っている。草も花も気に掛からない。虫だって、星だって嫌なんだ。見えるようで、全ては匂いのようで、しかも何の匂いもしない。私は、一体何を見て生きているのだろう? 老いた白い髪、度の強い眼鏡、石ころだって電子の星からの、意味の無…

王国

僕はここにいて、ここにしかいない。 暗い部屋の中。スピーカーから流れ出す、ニック・ドレイクの歌の中。 僕はここにいて、ここにしかいない。 *街外れの港には、油のにおいが染みていた。電柱の影は銀色で、送電線が光っていた。 夕暮れに、船はぎしぎし…

安定剤の中で

絵だって歳を取る。私は十万人の老人に囲まれて暮らしている。印象的な微笑みは、鏡の中に。 寂しさを、睡眠薬で噛んで飲み下す。リンドウの花が、蜂の巣の中で咲いている。 人は、人の孤独を「美しい」と言う。瞳孔の中で揺れているのは、いつも涙の海の光…

届かない光

1会いたい気持ちを代弁してくれるのは、ビデオテープ、寒暖の差、秋に吹く冷たい隙間風、虫の声、ずっと大切にしてきたいくつかのもの、 私は私であって、私の身体じゃない、 ひとつひとつの物たちが、ものたちの影が、服が、服の皺が、愛おしい。 2届かな…

古びた本たちだけが僕を知っている。僕と一緒に古びてきた、本とノートのある場所、そこだけが僕の故郷。寂しい遺伝子。 物質なんて信じないけれど、寂しさだけは信じている。 真っ暗な空を、黒い蝶が飛んでいる。誰にも見られることなく。現実って、多分そ…

きれいなものたちへ

今年もまた、私はこの椅子に坐って、紙縒りのように詩を書いている。緑色の、温度の無い砂漠の中を、両腕で飛ぶようにして。優しい私。 ちっぽけな私。 私は私に纏わるもので出来ていて、私は私に冷たい。 あなたは料理をする夢を見る。食卓には色がある。目…