季節の海

彼が生きていた場所を僕は覚えている。
彼は長椅子に寄り掛かって、ギターを弾いていた。
青白い目の光の中で、
名前の知らない星が揺れていた。

浅く、緩い昼寝の中で僕は自殺したいと思った。
いつでも死ねる量の薬をトイレに流すと、
薄青い粘膜が未来に広がって、
それはすぐに消えた。

血か涙か分からないものをぼとぼとと流しながら、
僕の口元は勝手に笑ってた。
衝動的に手首を切りたくなって、……そして雨の音がして、
僕はまた、彼の口元を思い出していた。

彼は薬を多量に飲んで死んだ。
自己の深みに飲み込まれるように。

息を吸うと涙を吐き出しそうになる酸性の脳。

胃が回転して床が天井のよう。
僕は悲しい。
悲しいことも忘れて、僕は悲しい。

「生きていかなくちゃね」
と彼は言った。
「本当に?」
と僕は答える。

安定剤がオレンジ色に染める僕の
胸の中の、季節。

彼は笑った。
夢であるならいいと、
世界が滅亡すればいいと。

僕はカミソリを丁寧にたたんで、
引き出しに仕舞う。

夏の海を亡命するように僕はギターを弾く。

今日の約束を忘れて、
雨の世界の中で、

「もういいよ」と誰か言ってくれるまで……