好きなことのメモ

 一番楽しいことは二つある。書くことと音楽を聴くことだ。二番目に楽しいことも二つあって、それは読書とギターを弾くこと。三番目に楽しいことは、歌うこと。新しい項目が追加されたり、順位が変動することもあるだろうけれど、音楽と言葉(言語)が最高に楽しいことは、この先ずっと変わらないと思う。あとは多分、考えることが楽しいと思うのだけど、僕は十年以上「楽しい」という言葉を使うことをためらっている。ランニングハイに入れなくなったランナーになったような気がする。ライティングハイというのがあって、書くことが麻薬みたいに気持ちいい時間がある。
 一番楽しいことは最上級のヘロインみたいで、二番目はモルヒネ、三番目はマリファナだ、と例えてみる。実際、化学的にも、脳内麻薬は超高純度のヘロインとほとんど同じ物質だと読んだことがある。書くことは本来、最高に気持ちいいことだ。それが急に無益な苦役でしかなくなったとき、最初は本当に絶望した。麻薬が手に入らなくなった薬物中毒者よりも、もしかしたらもっと苦しい時間を過ごして来たかもしれない。麻薬とは縁を切ることが出来るけれど、書くことは一生やめられないからだ。
 あまりにも長い間、楽しさや気持ち良さを感じられずにいると、楽しかった時間が特別で、楽しくないのが普通なのではないかと思えてくる。楽しいときは、本当にこれ以上は絶対にあり得ないだろうと思うくらい楽しい。楽しくないときは、古今東西で、僕ほど苦しんだ人が他にいただろうか?、と本気で疑問に思うくらい苦しい。苦しさを表現できる言葉って、本当に少ない。地上の天国はもちろんあるし、地上の地獄もある。釜ゆでだとか串刺しにされるようなチープな地獄なんか比較にならないくらいの地獄がある。誰かひとりの地獄は、全世界の地獄と同じものだ。ふたりの人が並んでいて、ひとりは天国に、もうひとりは地獄に住んでいるということは普通にあり得る。それが傍目にはふたり同じ世界に、もしかしたら仲良く並んでいるように見えたりするのだけど、天国にいる人はますます人に好かれ、地獄の方の人はますます孤立していく。
 おそらく、最高の快感をさらに超えた何かを知ることも出来るし、苦しみなんて言葉を通り越した何かを知ることも出来る。せっかく生まれてきたのだから、両方知りたい。

 天国や地獄とは無縁な、ただ無感情で無感覚な状態でいることがとても多い。身体のある世界、物や、言葉や、色のある世界が、僕はとても好きだ。普通の意味で使われる「世界」がとても好き。視覚表現を昔は馬鹿にしていて、大事なものは眼には映らないと本気で思っていたけれど、今は画集を見るのも大好きだし、絵も描けたらいいなと思ってる。眼に映るものが最高に大切だとは思わないけれど、見えるものをとても愛おしく思う。料理も出来たらいいなと思うし、自分の個性(個人性)を大切にしたいと思う。生活全体を統一感のあるものにしたいし、自分というキャラクターを、僕にとって一番自然な形で確立できたら面白いと思う。すごく個人的でいたくて、他人に見せたり、他人に合わせるための自分ではいたくない。

 眼鏡越しの世界が好きだ。「見ることを見る」ことを意識化できるからだ。それから世界を真っ直ぐ見つつ、同時にのぞき見しているような、孤立した視点を体感出来るからだ。僕は重度の離人症だった。ふわふわしてて気持ちいい、みたいな離人感では無く、眼の前の物や人と、完全に別世界にいるように感じていた。特に十代の頃は。安っぽい作りものの映像の中で生きているみたいだった。でも、音楽や言葉は、とても生きて感じられたので、ギターを持っていなかった頃は、ずーっと音楽を聴いて、いつも歌ってて、いつも本を読んで、いつも書いていた。だから、今でもずっと、僕にとっての現実は、言葉や音楽の中にこそ強くあるという感じを抱き続けている。
 演奏や言語での表現で、僕がいるこちら側の世界から、他人がいるあちら側の世界(両者は完全に解離していた)に、何か届けられるだろうか、繋がれるだろうか、と願うように書いていた。音楽での表現もしたくて、本当はチェロが欲しかった。歌は、自分の声がとても嫌だったので、歌うのは大好きだけど、いつもひとりで歌ってた。チェロは歌声に似ていて、本当に憧れた。安いからという理由でギターを買ったけれど、ギターの音で、世界と世界を繋げられるのか、ずっと疑問だった。17歳の夏にホワイト・ストライプスに出会うまでは、ギターは単なる歌の伴奏のための楽器だと思っていた。ジャック・ホワイトのギターを聴いて初めて、ギターはもしかしたら歌以上にエモーショナルで、心に直結した最高の楽器だと信じられるようになって、それからは他のギタリストの演奏も、急に生きて感じられるようになった。ギターは、僕が弾くと変な音しか出ないし、練習嫌い過ぎて、全然上手くならなかったし、それからとても長い間、読むことも書くことも、音楽を聴くことすらも出来ないくらいの鬱が続いて、ギターに触りさえしない時期が長かったから、今でも初心者なんだけど、本当にここ最近になって、ギターに初めて出会ったみたいな嬉しさを感じていて、新鮮で、毎日弾いてる。

 また最近は、気が付くと本を読んでいるくらい、読書が好きになった。「最近」というのは三週間前に退院してから後のこと。自殺未遂をして良かったかもしれない。また何か変えたくなったとしても、その為に自殺を試みる気はもう無いし、取り返しの付かないことになっていた可能性もあるけれど、結果的には良かったと思う。五日間の入院費と、その他の処置でお金は掛かったけれど、そんなことは別にどうでもよく思える。この三週間の間にもすごい浮き沈みはあったけど、基本的には、生きるっていいなと感じていて、不思議な感じだ。忘れていた感覚や感情が、僕の中にまだ残っていたことを、再確認できた気がする。