私はもう、何も要らない。
ウォークマンに、遠い、遠い空を入れて、
病院の屋上でギターを弾いていたい。
空の白い魚を釣るように、
電線に永遠を見るように、
ただ嘘に塗れたこの世界で、
与えられた指と、歌の感触を、
小さくなって確かめていたい。
私の存在の儚さを、
あまねく光り、ひろがる弱さを、
白いシーツに、取り巻かれながら。

世界は美しい。
瞬きの間も。
言葉とは優しさ。
心とは優しさ。
例え言動が優しくなくても、
生命はそれだけで優しい。

苦い、苦い、スープを飲みました。
私がもし生活にいて、
台所の匂いが鼻に来ると、
胸の中で、本がぱたんと閉じられるのです。
屋上では時間がゆっくり過ぎていく。
人類が滅びたあとの午後みたいに。

懐かしい匂いのする午後をください。
薄明かりに照らされた、永遠の隠れ家をください。
私と地球は親子です。一度も言葉に取り憑かれたことのない、
白いミルクの匂い。



地球が滅びたあとの午後、病院の廃墟の屋上で、
ウォークマンに遠い、遠い空を入れて、
鳴らないギターを右手に持って、
私は小さな、小さな私の感触を、
与えられた歌の感触を、確かめている。
破れたシーツを身体に纏って。

私はもう、何も要らない。
ヘッドホンが壊れたあとの、壊れた花火。
(それにしてもあの日々のデータたちは、
 私が死んだ午後、……生命は、何処へ?)
私が死んだ午後、空の化石は金色に輝き、
心もない、私の過去を歌に変えるだろう。
それは淡い紫色に立ちのぼり、世界を小さく休息させるだろう。



私の骨。
私の指。
私は渾々とするギターを抱えて、
ボールペンでこれを書いている。
許しがたい私の日々が目を瞑るとき、
私の埋葬が、少しばかり感傷的であるように。
来世がもっと優しく、静かな世界であるように。

私のぼろぼろな過去は、全て、みんな、
あなた方にあげます。
紅葉の季節に入りました。
今私はここで、静かな過去となるために、
少しずつ少しずつ、消耗しながら生きています。