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全ての人は深海なので、人は人に簡単に溺れてしまう。
浅瀬だけを見て、通り過ぎてしまうことも出来るのですが。
私は深海です。深海で出会いましょう。


私には数なんてもう、何の意味も無い。
ヤマハのスピーカーが溺れてる。
窮屈になることって人間くさいけれど、
生き死にを気にしないとき、人は人に好かれるのだって。
雨の音を聴きながら、私は何万年も前に見付けた答えを思い出として、
電光掲示板の下や、廃墟の街で、
そこが私にとっての、人類最後の場所ならいいなと思う。


言葉にならない程美しい文章が、出てこないのです。
少しだけ睡眠薬の冷たい味がします。
リリカルで、赤くて、甘くて、白い味。
自分の身体を受け入れることが出来ないなら、
詩と小説を書くしかないんだ。
睡眠薬で身体と世界を曖昧にして。
私みたいにね。


静かで冷たい、ガラスの匂いに泣きたくなる。
私は今、ここにいる。お腹の奥の孤独感は、
私が生きている証だ。
新しいアルコールで拭かれたような春、
心持ち乾いた空気、
ソニーのヘッドホンから流れる音が、
全身を満たしていく。世界の色が変わる。
いつかの前世、全ては雨漏りだった。


放課後の水道、ガラスの廊下。
個人は個人として世界を持っているので、それ故に孤独で、
それ故に誰かと繋がれるけれど、
僕は先ほどから、セイコーのデジタル時計の温度表示を見ている。
ここは、僕の世界だから。
完璧主義や拘りって、脳の何処にあるのだろう?
僕が僕に拘らないならば、僕が僕である必要は無いし、
僕が僕に拘っても、結局は死ぬ。
身体全体じゃなくて宇宙全体で。
だから、多分溺れることだけが肝心なんだ。
死後も溺れ続ける海を見付けることだけが。


そう、私はギターの地図を持っている。


人恋しくて、冷えた街にシロップを垂らしながら歩く。
ガラス張りの電車、その沿線住民となる。
全ての人がガラス越しに過ぎ去っていく。
有刺鉄線に張り付いて死ぬか、それともウォークマンの電源を求めて、永遠に彷徨い歩くか。
どちらも同じことかもしれないけれど。

私は今、社会と繋がっている。コンセントと繋がっている。ケーブルのずっと先には、原子力発電所があって、青い核融合炉があって、私はそこから感情を供給している。
感情が溢れ出しては涸れ、溢れ出してはまた涸れる。
シューベルトを聴いてると200年前と繋がっているし、バッハを聴いてると300年前と繋がっているので、歴史なんてみんなドット絵のヴァーチャルで、そしてみんな嘘みたいに花の比喩みたいに感じる。

本当と嘘の区別って知ってる? その境目が無くなったとき、あなたは本当に生きてるし、私のいる本当の場所が分かる。何故ならそこには孤独があるし、この世の原理や輪廻からは外れるけれど、そこには純粋な感情だけがあるから。誰も私の好きな世界を壊せない。祈りが根拠となる場所に、私はひとりで佇んでいる。あなたもひとりでいるとき、私とあなたは、きっと本当の意味で繋がれるよ。何故なら嘘も本当も生も死も無いとき、何の境目も存在しない場所にはただ、孤独だけがあるから。


どこまでが存在で、どこからが非在なのか、私には分からない。
誰も大人にはなりたくないし、老人になりたくないし、少女のままではいたくない。
どこまでが私で、どこからが私ではないのか、私は変化そのものなので、分からない。
全てが私だし、全ては私ではない。時によって、私はいないし、時々私はいすぎる。
そして私は地球の裏側にいる。見慣れた景色からはすごく遠い。
塩辛い空気を吸って、触ることも出来ない人たちと、見慣れない景色の中にいて、
これはゲームじゃないんだ、と確認して、そして一生泣けないと思う。
言葉を書いて、そしてそれを読んで貰える環境の中でしか、私は泣けない。


あらゆる人は、沈みゆく都市を持っている。
岩場や寂しい季節を持っている。
だから私たちは、浅瀬で笑い合いましょう。
死にゆく人たちを見て、海を弔い合いましょう。
私は私が許せないほど私が好きですが、
他人を見ていると引きずり込まれて足が竦みます。

空が好きです。
そこには全ての危険が集約されているから。
言葉は羽です。飛ぶためではなく泳ぐための。
ところが言葉は言葉の無い場所にあるのです。
言葉の無い言葉の先で、言葉を見付けるでしょう。
孤独の冷たさを、私の墓に供えるために。
墓はきっと、私の底にあるのでしょう。

《私は私の墓を見付けました。》という
《私は睡眠薬を飲みました。》という
こんな簡単な言葉さえ出てこないのです。
私はいつでも起きています。
私の墓を見せることが出来たなら、あなたは花を、
孤独の言葉を供えてくれますか?


ずーっとビリー・アイリッシュの歌を聴いていて、
彼女の歌の中でなら死ねると久しぶりに思いました。
一ヶ月後に、彼女の新しいアルバムが出るので、
一ヶ月寿命が延びた、と思います。
僕は冷たい人間ですが、この家ではなくて人生が僕の家だと感じます。
この辺りには薄暗い図書館が無くて寂しいです。

痛みが欲しい。世界中の白い部屋が真っ赤に染まるまで。
もうそこから動かなくて、
そこで死んでもいいと思えるまで、ここに留まる訳にはいかないのです。