海の花

「記憶自身が自殺するような朝にね、百年後には誰も私たちのことを知るひとなんてひとりもいないと思ったら、あたしは今日いちにちがちょっとした冒険みたいに思える。ほら」と言って真海は床の青いカーペットに指を這わせて、「もう音楽が始まっている」
 そう言ったあと彼女はまた読みかけのペーパーバックの世界に戻った。僕はプラスチック製の椅子に座って、あるかなきかの音で流れている、まるで遠近法で描かれた靄のような、電子音楽の旋律に耳を沿わせていた。部屋の中は、水族館の廃墟みたいな空気(泳ぐ魚たちの幽霊)があって、そのあちこちに本が散らばっていた。部屋の半分は本で占められていた。テーブルの上の本の山は、もう殆ど雪崩を起こしかけていたし、床上では一面に拡げられた本が、物語や詩や思想や宗教や芸術のページの渓谷を成していた。真海はその谷間に毛布を丸めて、その上に、本の国の神さまみたいな格好で座っていた。唯一、部屋の隅にある背丈ほどの本棚だけが、真海が中毒を起こしたみたいに本を買い漁り始める以前、この部屋にあった秩序の名残をとどめている。そこにはいま日が差して、フランス語の詩集には小さな虹が架かっていた。
 ある朝早く真海は「分かった! 分かったんだよ!」と言って、その日の内にリュックサックいっぱいの本を買い込んできたのだ。でも、何が「分かった」のか、いまだに僕には説明してくれない。
 真海が買ってくる本の殆どは日本語か英語で書かれているのだけど、ときにはフランス語やドイツ語や中国語の本を買ってくることもあって、「読めるの?」と聞くと、「読めない。でもいいの」と真海は答える。
「ねえ、死んだら何もなくなるのよ。死とは私たちを生あるものと感じさせる、不思議な前提なの。死があるから、出会いがある。それってとても」
 と急に真海は言葉を切って、毛布の座椅子の調子を試すみたいに少し身をよじってから、ふと笑って、僕を見上げ
「とても美しいと思わない? 私は神さまには出会わない。神さまが何かなら、それとも誰かなら、私は神さまになんか会いたくない。でもあたしはあなたに出会った。それはとても美しいこと。そう思わない? それこそ、そう呼べるなら『神さま』だと思わない?」
 そう言って、真海は本の山の頂に危なっかしく置かれていたペリエを手にとって、ゆっくりと飲んだ。

 昼、僕が台所で煙草を吸いながらラップトップに向かって書き物をしていると、本の世界から手ぶらで出てきた真海が、僕のすぐ後ろに立って何かを言った。僕はヘッドホンをしていたので、よく聞こえなくて「何?」と聞き返したけれど、彼女は「何でもない」と言って去って行った。僕は彼女のことを書いていたのだけど、急に気乗りしなくなって、台所の隅に置いてある(前は書斎にあったけれど、本に居場所を取られてしまった)くたびれたオレンジ色のソファまで歩いていって、ぐったりと横になった。目を瞑って、頭の中に二次関数のグラフを描いた。ニュートンの考えは大したものだけど、物理的な真実は、うつろな頭を慰めてはくれない。前に真海が言ったこと……「私たちには、例えば波しか見えない。音にしても光にしても、観測できるのは世界の波打ち際に過ぎないの。そして世界の全てとしての海はね、それは心の中にしかないものなの。それはとてもとても深くて、そして私たちひとりひとりは、本当は海の全てなの。いい? もし本当のことを見ようとするなら、どんなに目を凝らしても駄目。ただ感じるままに感じるしかなくて……、そして本当にいい本には、観察された海じゃなくて、海そのものの声があるの、ただひとつの海……」と真海は言った。

 静かで、遠く、絶望的な感情が、僕を満たしていった。真海とは自殺サイトで出会った。自殺の予定日は、もう少し先だ。真海には読む本があるし、僕には書きものがある。静けさが僕たちを満たしていく。僕たちは段々海のようになっていく。ある日、僕たちがついに海の底でふたり一緒にいられたとき、僕たちは一緒に死ぬだろう。そんなの、何でもないことみたいに。