プラスチックの靴をはいて


長い時間キャンバスを見詰めている。筆の先ではアクリル絵の具が固まりかけていて、その青色は僕の描こうとしている絵よりもずっと綺麗に見えた。僕は絵を描く時間より、白い画布を見詰めている時間の方がずっと長い。

僕はずっと、日本語が嫌いだと思っていた。冷たい美しさが日本語には無いと思っていた。でも今は、日本語は泉のようだと思う。透明な底から、色を映し出す水面まで。日本語はいつも僕の感情の枠から零れ出ていく。

僕は、溶けてしまいたい。でもその前に、僕は世界を取り戻したい。シナプスが朽ち果てるまで生きていたい。僕は心を取り戻したい。言葉を、取り戻したい。

全ては燃えていく。何故、人間は老いて死ぬようプログラミングされているのだろう?
僕は完全にフラットな場所に行きたい。自分にとって最高の言語力を身に付けたい。欲がある。英語もフランス語をしっかりと身に付けたい。日本語と英語とフランス語の、ずぅーっと底まで、降りて/沈んで、行きたい。

この部屋には、見えない憂鬱が満ちていて、それを打ち消すために、僕は音楽を一日中かけている。……スピーカーから流れる、一粒一粒の音は空間を染め上げて、要らない言葉を溶かしてくれる。書くことや読書もそう。読み書きは沈黙で僕を満たしていく。僕は音や言葉の景色を見詰めている。例えロンドンに行っても、何処にも行ったことにはならない。読書と音楽だけが、僕を連れてってくれる。静かな心の、底の方に。感情のある方に。

死ぬって何か、本当は知らない。生きることも何なのか、知らない。何も知らない/言葉の上では。

音楽を止めて、窓を開けて、外の音を聴くのが好き。

昼間、椅子に座っていると全ての音が不快に変換されて、それがみぞおちの底に溜まっていく。スピーカーでは音楽を聴けないときもある。音楽が、ざらざらした不安の霧を纏って、とても遠くて近い場所から聞こえてくる。空気が乾燥している。ここは、そして何処にいても、僕がいるのは、生活の中。乾いて疲れた、生活の中。全て老いて、子供達も古びた時代に生きている。みんな疲れて生きている。

ヘッドホンを付けて、音の中に籠もる。

今は音楽が聴けるし、読書が出来る。

不安や自信の無さは、まるで永続するように感じる。いつもは元気で、たまに不安になる、ということは出来ない。心の泉に、腐った水中花がいくつもいくつもいくつも浮かぶ。心が澱むと世界が淀む。窮屈な骨っぽいこの身体の中に、歪な不安を抱えたまま。

時間の経過。何も見ず、何も感じず。更新される無為の記憶。記憶が、ねばねばした糸玉となり沈殿し、心の海の表面をどろどろ澱ませていく。けれど、もっと底に近い部分では、水は澄んでいて、言葉たちが生き生きと、絶え間なく産まれ、化合し、合わさり、構築されて、継続されて、夢中に誕生と分裂を繰り返している……心の底の方では。そして、
もっともっと底には言葉すら影だに無くて、水は徹底的に澄み切って、そこに一輪の、白い花が咲いている。それが僕だ。花、僕の個人性の根拠。
(個人性を超えた話は今は書きたくない。)


紙の本が好きだ。とても、大好きだ。
それから辞書が好き。紙の。英和辞典と仏和辞典と国語辞典を持っている。どれも表紙は合成皮革で、英和辞典は限りなく黒に近い青黒色、仏和辞典は鈍いワインレッドで、国語辞典は真っ赤。辞書には言葉の原子が並んでて、それらは寧ろ、発された/書かれた言葉よりも、ずっと生きている。辞書はちょっとした宇宙だ。そこには星々が点在し、生のままで、そのままで美しい。とても広い。言葉は宇宙を解体し、また繋ぎ合わせて編みあげて、新しい宇宙を作る。小説・詩集は、蟻塚程度の構造ではなく、まるでひとりの命の詰まったトランクのように、懐かしい匂いに満ちていて、人という孤独なひとりの旅人の、その人の人生の全て、好きや嫌いや世界観、そして星々の欠片や光が一冊の中に詰め込まれ、編み込まれ、絶え間なく、生きている。紙の本が好きだ。顕微鏡のように活字を拾い読む。トランクの傷ひとつまで逃さない。本は神経で読むものじゃない。言葉を超えたひとつの会話。詩や小説は現実の延長じゃない。それはまったく新しい、ひとつの小宇宙だ。……小説を「トランク」に例えるのは、ナボコフが講義録に書いていたことを、そのまま借用したのだけど。

当然だけれど、読まなきゃ書けない。読書には五感と感情、孤独や静けさ、そして心の奥底の、それから体の内部の感覚の、全てが動員される。僕という存在の、全てが。
どうしても本が読めないときでも、活字に目を走らせて、その意味を捉えることは出来る。でも言葉と心が繋がらない。何にも心に届かない。心がしっとり湿っていても「心が湿っている」という言葉が、まるで心の湿りけとはまるで無関係なような。だからもちろん書けない。心と言葉の分かちがたさが、どこかでぷっつり途切れてしまった。

昨日は満月で、ピンク色の月が見えるとネットには書いていたのに、汚れた窓越しに見る満月は、弱々しくぼやけた黄色で、疲れているみたいに見えた。夜の、冷たい弱い孤独さも、風に心拍が灰色に高鳴る感じも、ずっと昔に忘れてしまった。

気分が悪い。吐き気がする。煙草を吸い過ぎた気がする。あまり食べてないし、寝ていない。キーボードを叩く指先だけが快調で、気持ちいい。ヘッドホンを付けていると、頭の中で渦巻く音圧が気持ち悪さを助長するので、スピーカーで音楽を聴いている。


完璧な暗闇と、完璧な静謐を、僕は求めてる。

眼と耳は、使えるときにはうんと使いたい。


夜が好きだ。また好きになった。夜になっても何処にも逃げられない期間は過ぎて、何処までも続く一面の夜に、私はひっそりと溶けていける。夜に私の細胞はどこまでも拡散していく。……元あったように、大きさの無い世界へ。

古典の世界にはもう行けない。