ミルキーウェイ(未完)

ミルキーウェイ
暗い空の中で、地下鉄みたいに、ギターアンプ真空管が、赤く灯っていた。
ネズミも、ブルドーザーも、クミンも、歌も音符もウスバカゲロウも、みんな空へ登っていく。苺の野原で、右と左が大きな鳥の影に混ざり合っていく。そう、空には苺の野原があって、深夜中明るいスーパーマーケットがあって、そしてみんな、ぶーんという真空管の感触、ホットミルクのような手触りの周りを、ゆったりしたノイズに溶け込みながら、回り、回っている。
酒に酔った、体温の高い叔父さんが言った通りに、そこらへんには十代の少年たちのための鏡がある。少女は鏡の裏にいる。みんな温い水を飲んでいて、空ではそれが一番強い酒なのだと、みんな知っている。ノイズは他のどんな物よりも美味しい。ギターを泣かせるために、つまり自分たちではなく、ギターを歌わせるために、少年たちや少女たち、壮年や老人や、黒人や白人や、赤い人たちや緑色の人たちがわいわいとケーブルを持って、アンプの回りに円形に集まる。雨の歌は海底にある。空には豊富な電気があって、ノイズは産まれ、産まれ、産まれ続ける。雷は彼らのもっと下にある。工業製品はいつも上方にあって、ネジや、ボルトや、精製された、つるつるした板材などは、架空で、架空は真実だ。誰かがゆっくりと、ポストに手紙を投函するような手付きで、ケーブルのジャックをアンプに繋ぎ入れる。途端に世界は天国になる。いや、世界が天国であったことに皆気付く。

さて、永遠に終わらない物語が開かれる。夜は悪夢の世界。悪夢はクローゼットへと向かい、その底には、世界をぐるりと巡る堆肥がある。地上ではギターはキーキーしていて、動物たちへの愛情や、隣人愛に悖る。でも、空の中では、ノイズはブルースで、全てはノイジーで、ゴミであるものなんてひとつもない。全てはノイズなのだから。

夜の店の中で真空管屋さんは、甘くて、デジタルで、冷たい音を売る。デジタルは単語で、言葉は全て、いつもアナログだ。火のように、言葉はプラスチックも、電子情報もみんな溶かしてしまう。


2永遠の日々
そんなアンプを赤く灯す少女は夜中の校庭にいて、その指先だけが天国に属している。どんな時でも、何処かに憐れみはある。そのことを知っている彼女は、空と幸運とのシンクロの中にいて、指先の恍惚で、もはや彼女の家ではない家で、自分だけの小さな宇宙に籠もり、安心毛布に消えていく。空には窓ガラスや、そこを縁取る雪氷や、頭の中のバイオリズムや、もはや親ではない親や、心の狂いという空虚や、はたはたはためくティッシュも、ナイチンゲールも、掛け時計も、唇の避けた血のにおいも、みんな、ナイフも、クレーン車もみな、登っていく。指先だけの宇宙で、彼女も空で泣きたいけれど、冷たい、冷たいアンプリファイアに電源を引く。空には心が無い、それゆえ心の充満した、重ねられた板ガラス。ぶーんというサウンドが下りてくる。彼女はオピウムの含まれた指先で、アンプの電源を入れる。指先は崩れそうで、少しずつ少しずつ、陶酔は身体を巡り、少年少女たちのさざめきや足音が、天井の木目と溶け合っていく。天国と同居し、天国には行けない。礼儀正しく、歴史の込められた箱を、彼女は手にする。箱の中にはばらばらになったギターのパーツ。いいえ、彼女は産まれる前から慣れていた、ギターを抱えている。彼女の生命は、ギターと身体とに引き裂かれていた。YAMAHAの青いギター。音量を上げる。ぶーんという音。よく食べた神経症者みたいに彼女の指先は、眼と、眼と、眼、世界の外を眼で満たす。一音。また一音。プラグとなった指先。内側も外側も無い。「快楽」という言葉を思い出し、彼女は感覚に快楽と名を付ける。指全体が宇宙となる。宇宙は世界を消す、彼女を消す。彼女の恍惚の指先は、世界をカットアップし、流暢な混乱を六本の弦に滑らす。そこから世界が始まる。ぶーんという音。真っ暗なスペースで、彼女だけが透明。彼女は全て。電源ランプと真空管だけが光る。彼女は何も言わない。彼女は何も要らない。何故なら彼女が宇宙だから。彼女は楽器だ。人類は楽器だ。孤独な世界が孤独を救う。彼女の身体は宇宙。身体は外部。彼女は恍惚の指を内側へ伸ばす。永遠の日々に向けて。YAMAHAのギターは歌い続けている。彼女の心の歩みに向かって。青いギター。彼女は何も要らない。彼女は全てだから。