日記

11月20日(土)、
昨日も夜中に1、2時間ほど寝ただけだし、今朝もやはり2時間弱で目が覚めた。身体の疲れは十分に取れていない気がするけれど、起きていると楽しい。

少し喉が痛い。寝不足で免疫力か何かが低下したのか、或いはとても空気が乾燥しているからなのか。煙草を吸っていても、喉が痛くなることは殆ど無いのに。

音楽と言葉で快感に陥られるなんて、なんて便利な脳なんだろう。

時代は便利になっているのか、それとも自由度が高まり過ぎて煩雑になっているのか。

 

11月21日(日)、
今日もまた1時間しか寝ていない。1時間も寝ていないかもしれない。

落ち込んでいる。寝不足のせいだろうか?  無性に甘いものが食べたくて、夜明け前に、クリーム入りのチョコレートドーナツとシュークリームを食べた。ドーナツとシュークリームだけで630kclもある。頭をいっぱい使っているから糖分が欲しくなるのだろう、と思っていたら、母に言わせれば、それは鬱の症状だから、もっと休め、とのことだった。甘いものを食べると、幸福物質と呼ばれるセロトニンが分泌されるので、落ち込むと、本能的に糖分を摂りたくなるそうなのだけど、本当だろうか?

午後、3時間か4時間ほど眠る。深く深く眠った。こんなに熟睡したのは、どれくらい振りだろう?、というくらい。起きると落ち込みは無くなっていて、何だか何でも出来そうな気がする。

成長することが出来るかもしれないと思う。自分を良くしていくことが、本当に出来るかもしれない。そう思えることが新鮮だ。ずっと、自分の脳はポンコツで、僕の精神は荒廃している、と思い続けてきた。11月に入ってから、すごく回復している気がする。前頭葉とか扁桃体が、一気に良くなった気がする。好奇心が出てきて、感情が落ち込む時間や回数が減った。それから何より、脳内麻薬がたくさん出るようになった気がする。もちろん、脳はもっと複雑だし、僕は脳について詳しくないので、脳内の、いろんな部分が回復しつつあるのだろうけれど、正確にはどう変化したのかは分からない。ひょっとしたら、脳自体はあまり変わらないけれど、考え方や、世界の捉え方がある程度纏まって、ごちゃごちゃしていた思い込みや、妄念から、取り敢えず脱することが出来たのかもしれない。

過去の嫌なこと、それから生活のことを思うと、すぅっと不安になる。

夕方から眠ろうと思ったのに、父が隣の部屋でずっと何ごとかがさごそとやっていて、母と何やら話しているのが気になって、眠れなかった。ひどく不安になる。

 

11月22日(月)、
雨が降っている。そのせいか……あまり関係ないと思うのだけど……気分が落ち込んでいる。頭を使うと楽しくて、楽しいからもっと頭を使う、という、僕にとってはとても良いサイクルが、一端途切れてしまった。

 

11月23日(火)、
朝、6時前に起きると、昨日まであった、心の中の暗いしこり、みたいなものが無くなっていた。また、今日は楽しく過ごせそう。良かった。

うーん、どうも夜になるまで暗い気分が抜けなかった。生きていくことに意味や意義が見いだせないときってある。仕方が無いのでクイズを解いて過ごしていたんだけど、面白いと思えなくて、幾つか解いて止めてしまう。一体生きていて何の意味があるのか、宇宙に何の意義があるのか、とか考えてしまう。意味も意義も無くても、面白いことに変わりは無いはずなのに。

しかし、量子力学だとか、超弦理論や生物学のチャンネルをYouTubeで見ていると、生きる意欲が湧いてきて、やっぱりもっと勉強したいと思う。本当に難しい動画はまだ全然分からないけれど、この宇宙や、もしかしたらこの宇宙以外のことまで分かるかもしれないなんて、面白すぎる。一度、ひとつのことに好奇心が湧くと、目の周りのものの全てが魅惑的に見える。東洋哲学と科学が非常に近いものだ、と感じることの不思議と、子供の頃からずっと疑問だった、情報が命を持つ瞬間があるのではないか、という考えや、「ある」とはどういうことか?、とか、意識や知性が何処から生まれたのか?、ということ全てに、何らかの答えを見いだせるかもしれないのだ。僕は素朴に虚構実在論者(虚構と現実が同じなのではないかと考える人)だったのだけど、この世界自体がおそらく虚構(単純にゲームとかシミュレーション内、という意味ではない)だ、という考え、というかひとつの見方は、心を静かにしてくれる。もっともっと、いろんなことを知りたい、って思う。

もっと本を読みたいな、と思う。今まで敬遠してきた理系の本なども読んでみたい。

と言いつつ、ギターを弾いて、小説を読んでいた。

 

11月24日(水)、
ネガティブさの大事さということについて考える。

病院に行く。血を抜かれる。出かける時間ぎりぎりまで書きものをしていて、急いで印刷して母に見せたら、医者の先生にも見せたら?、というので一応持っていった。少し後悔している。書き殴りだったので。帰ってきて読み返してみると、論理が一貫していないし、主張が曖昧で、とても恥ずかしくなった。

 

11月25日(木)、
思うのは、仮に僕が歳を取ったとして、不平を言う老人にはなりたくないということ。

ちょうど1ヶ月、ミンガスを聴いていなかったのだけど、今日聴いて、改めて、僕はミンガスが最高に好きだ、と思った。「僕に合う」としか言いようが無い。

かなり珍しいことに、ガンズ・アンド・ローゼズを聴いてる。アクセルのヴォーカルもいいんだけど、やっぱりスラッシュのギターが最高にいい。レスポールの上質な部分を最高に堪能出来る。

 

11月26日(金)、
……

 

11月27日(土)、
昨日から今朝にかけて、頭が醒めなかった。昼前、少し眠ると、けっこう楽になった。疲れとは何だろう? よく、脳は疲れないと言うけれど、寝不足だったりすると、脳のパフォーマンス性は著しく低下する。疲れが無い、元気な状態になることは、僕にはとても珍しいことだけど、最近は、割合元気だった。

脳が元気になるサプリでもないかと探していて、どうも高麗人参が、最近、滋養強壮だけでなく、脳の活性化にも効能があると言われているらしい、と、とあるサイトで読んで、紅参という、上物の人参みたいなののサプリを注文した。かなり値が張ったけれど、効くのなら安いものだし、頭には効かなくても、まあ、身体には良さそうだから、いいかと思って。頭がよく働くようになる理由としては、紅参って昔から血行を良くして、冷え性なんかに効くことで知られているらしいのだけど、身体だけじゃなくて、脳の血行も良くしてくれるから、というかなり安直な理由が主に挙げられるらしい。今まで、チロシンとかヘンプオイルを試してみて、全く効能を感じられなかったのだけど、果たして人参はどうなのだろう?

 

11月28日(日)、
頭の芯が目覚めないというか、ふわふわして地に足が付かないような時間が続いている。歌を歌ったり、ここ数日は、よくアコースティックギターを弾いている。

今までずっと、綺麗で芯のある高音が歌えなかったのは、高い音域を地声のままで押し切ろうとして、単に叫ぶように出すか、もしくは裏声を単に強く発声しようとして、声が裏返りまくってたのが原因だ、とやっと分かった。人間は、もともと高い音域で歌うように、声帯が作られていないので、いい高音を出すためには、どうしてもコツがいるのだとか。基本的に、裏声を地声に近付けて歌う、と言うところまでは間違いないらしいのだけど、単に息を強く出すだけでは無理なのらしい。だから僕は基本的に、地声で無理に高音を歌おうとしていて、喉がすぐ疲れていた。それは声帯を筋肉で無理矢理縮めて出しているだけなので、筋肉にも声帯にも、大きな負荷がかかる。裏声というのは、少し違うんだけど簡単に言えば、ぴったりと声帯が閉じていない状態なので、へろへろになるのだけど、そこを無理に筋力で声帯を閉じて発声すると、大体は変な声になって、安定した音程が出せない。楽に、力を抜いて、裏声の状態から、声帯がきちんと閉じるように、筋肉の使い方をコントロールしていく、と言うのが(やはり正確な表現ではないのだけど)、疲れない、綺麗な高音を出す、たったひとつの方法らしい。これがけっこう難しい。低い音域だと地声で歌っても疲れない。地声の音域で、いくら喋っても疲れないのと同じように。地声の段階で既に疲れてしまう、とか、無理な発声をしている場合は、まずは地声が綺麗に出せるように、というところから始めなければならないのだけど、僕の場合は多分、地声の出し方は、大丈夫だと思う。あとは、地声の時に声帯がきちんと閉じている感覚を、裏声にも混ぜていく、というのが、いわゆるミックスヴォイス(芯のある高音)の出し方らしい、と僕は今のところ認識している。叫ぶのではなく、喉を締めるのでもなく、とにかく力を抜いて発声出来るように練習すること。地道で、長い道のりになりそうだけれど、やってみよう、と思う。やっぱり僕は歌いたいから。……しかし、これは、やってみると、口で言うほど簡単じゃない。

 

11月29日(月)、
日付が替わってすぐ、アップルパイと、食パンの上に砂糖とバターがたっぷり塗られたパンを食べる。これだけで700kcl近くになる。どうも夜中になるとお腹が空く。糖分が足りなくなるのだろうか?

朝方、少し眠ると、ぼんやりした感じは取れた。

 

11月30日(火)、
寒いなあ。

朝、人参のサプリが届いた。予定より随分早い到着だった。1日3回、1回5錠、ということなので、面倒なので一気に15錠飲んでみた。身体がぽかぽかする、気がする。

さて、明日から僕は34歳だ。僕は、精神的にはこの一年、大きく回復したし、もしかしたら来年は成長すら出来るかもしれない。33歳になった時点では、精神的にはもっと不安定だったし、死にたさを抱えていた。今は、少なくとも、自分を良くしていけるだろう、という期待のようなものを自分に持っている。まあ、ともかくも、よく生きてきたものだ、と思う。

11月は、割にわくわくしてばかりの月だった。この調子で、次の一年はいいスタートを切れるといいな。