日記

11月7日(日)、
日付が替わってすぐ、『ジョージア、ワインが生まれたところ(原題:Our Blood Is Wine)』というドキュメンタリー映画を見る。映像が綺麗だな、と思ったら、何と撮影にはiPhone6を使ったそうだ。ブドウの果汁を、地中の大きな甕に入れて、9ヶ月間寝かせて発酵させる、伝統的なワインの製法を守り続ける人たちが描かれている。樽は使わない。クヴェヴリ製法という、太古からの製法だそうだ。ジョージアはワインの発祥の地とも言われているらしい。手作業でブドウを収穫し、足で踏んだり、手で潰したりして、果汁を搾る。とても美味しそうで、アルコールを飲むとすぐ顔が真っ赤になってしまう僕の体質が、すごく残念だなあ、と思いながら見ていた。ワインを飲みながら、彼らは皆合唱するのだけど、すごく美しいハーモニーで、日本だったらすぐにプロになれるのではないか、と思うほどのレベルでびっくりした。僕に合っているのは、こういう暮らしなんじゃないか、と思った。ブドウを育て、手で収穫し、自家製の美味しいワインを作り、生活出来る分だけ市場に出し、あとは自分たちで飲むのを楽しむ。いい生活だ。作中で何度も、輸出先の多くは日本だ、と語られていて、日本で飲めるなら、是非飲んでみたいと思った。おそらく現地のワイン造りを視察しに来たのであろう日本人の団体も映っていて、ジョージアの人たちも感じよく応対していた。あと、ジョージアが舞台だから全編ジョージア語かと思ったら、出てくる人たちの多く、特に若い人たちは全員、英語を普通に喋っているのにも驚いた。出てくる日本の人たちも英語で交渉している。本編とはあまり関係ないことだけど、やっぱり英語が喋れたらいいな、と思った。何にせよ、とてもワインが飲みたくなる映画だ。僕はすぐに真っ赤になる割には、ボトル一本くらいは飲めるので、いろんなワインが飲みたくなった。ジョージア産のワインも、機会があれば、是非飲んでみたい。……今思い出したことで、蛇足なんだけど、ジョージアのワイナリーの人たちは、かなりの割合で煙草を吸っていた。ワインを作りながら、それからホームパーティーの席でも。2018年の映画だから、世界中で禁煙が進んでいるはずだけど、ジョージアではそうでもないのだろうか? ヨーロッパは煙草が高いイメージがあったけれど、ひょっとしたら安い国もあるのかもしれない。

夜明け前、アニメ映画『映画大好きポンポさん』を見る。映画の制作現場を舞台にした映画なので、面白い映画作りのノウハウとかがいっぱい紹介されるのかと思ったら、ポンポさんは天才なので、面白い映画も脚本も簡単に作れてしまうし、新人監督のジーンは、気合いと覚醒で映画を作り上げてしまう。どんな映画を作ったのかは、ほぼ描かれない。でも、それはアニメなので、夢と希望と才能で、どうにかなってしまうということにするとして、内容はまあまあ面白かった。製作している映画が行き詰まってしまうシーンとか、新しいアイデアで映画が劇的に面白くなるシーンとかがあっただけで、もっととても面白いアニメになったのではないかと思う。主題歌がとても良かったので、早速iPodに入れた。

 

11月8日(月)、
夜中、『無職転生異世界行ったら本気だす~』を11話まで見る。1期の前半のオープニングが、ぞくぞくするほど格好いい。この曲もiPodに入れた。これもまた転生ものだけど、主人公が前世では34歳の引き籠もりで、僕とあまり変わらない状況なのが、ありそうな設定だけど、少し新鮮だった。僕は別に異世界でやり直したくはないし、本気出すなら34歳の無職からでも十分間に合うのに、と思ったけれど。34歳で死んだ主人公が、異世界で赤ん坊からやり直して、本当に本気を出して強くなるのが面白い。よくある異世界ものでは、幼少時代はすっ飛ばすことが多いけれど、このアニメでは主人公の成長を、かなり丁寧に描いていて、その間、ずっと前世でのトラウマを引きずり続けていたり、内面の声がずっと34歳のまま、というのは、珍しいと思った。筆力が無いとなかなか描けない設定だと思う。34歳の引き籠もりにしては声が格好良すぎる(声優は杉田智和)のは突っ込まないことにした。主人公が、本当はとても努力家だったり、熱くて真っ直ぐな心を持っていたり、内面は全然、人間のクズなんかじゃないところにも、全然違和感を感じなかった。そもそも前世で死んだのも、人を助けようとしてのことだし。きっかけさえあれば、前世でも、いい奴として、人に認められてたのではないかと思う。人間のクズが、異世界で再び人間のクズになる話ではなくて、主人公が自分の良さを活かせる世界に来られた話であることを、素直に喜べるし、応援したくなる。作画も素晴らしいし、キャラクターの造形も細やかだと思った。大冒険が始まりそうな伏線はあるけれど、このペースだと、異世界の謎を解き明かしたり、強大な敵と戦ったりするまでに、かなりの話数を消費しそう。このクオリティのまま、ラストまで描き切ったら、すごいアニメになると思う。

 

11月9日(火)、
昨日から目が冴え冴えとしている。こんな風に、起きていて嬉しいのは久しぶりだ。

父に、ブックオフに持っていってくれ、と言われていた本の中に、何か面白いものが無いか見てみたら、ミステリーが何冊か出てきたので、ぱらぱら読んでいた。さくさく読めるけれど、あまり読んだ気がしない。でも、ストーリーは本当によく出来ているなあと思う。僕はいつか長編小説を書きたいので、長い物語を破綻無く書く能力を身に付けたい。あまり選り好みせず、目に付いた本をばしばし読んでいくのが良いのかもしれない。

朝、『ニュー・シネマ・パラダイス』を見る。見ている内に、これもまた見るのは2回目だと気付いた。内容はほぼ忘れていた。大分前に見たか、薬でへろへろになっているときに見たのだと思う。とても面白く見られたし、感動作だけど、大仰な感動シーンがある訳ではないので、しんみりと、泣かずに見ることが出来た。

昼間、ネットでいろいろクイズを探していて、面白い問題を見付けたので、午後の間中考えていた。複雑なことや、新しいことを考えていると、心がしんとする。

僕は僕の望む場所に行けないのだろうか?

 

11月10日(水)、
とても憂鬱で、ほぼ一日中、ベッドから出られずにいた。

 

11月11日(木)、
朝方、憂鬱なのが、ややましになる。ギターを弾く。

このまま何処にも行けないんじゃないかと思うと、心がすっと空虚に満たされる。

 

11月12日(金)、
夜中、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』を見る。映像が心地よい。ストーリーは実のところ、ほとんど理解出来なかった。ただただ、モノクロの映像に見入っていた。主人公は、この間見た『ひまわり』でもやはり主役をしていたマルチェロ・マストロヤンニという人で、壮年の男ならではの繊細な苦悩の表情がとてもいい。主人公は映画監督で、どうも浮気をしまくっているんだけど、僕から見れば、どう考えても奥さんが一番綺麗で、可愛いと思った。奥さんの役をしているのはアニーク・エーメという、有名な女優さんだそうだ。全然、派手な美人ではないとおもうけれど、悲しげな、少し皮肉交じりな笑みが、とても印象的で、出ている人たちの中で一番知的だと思った。僕は、映画を見てて女優に惹かれることはほぼ無いのだけど、アニーク・エーメが出ている映画をもっと見てみたいと思った。映画の内容は、主人公が映画監督なのに、一向に映画を作らないし、どうも疲れて幻覚を見ているらしいのだけど、どこが現実で、どこが幻覚なのか、見ていて区別が付かなかった。それでも、いい映画だと思う。映像美、というものは、いまいち僕には分からないのだけど、この映画は、人の、魅力的な部分のコラージュみたいだ、と思いながら見ていた。

朝から一日中、落ち込んでいて、何も出来なかった。

 

11月13日(土)、
もっと読書をしたいと思う。朝、どうしても鬱屈した気分が良くならなくて、薬を飲んでも効かないので、ウォッカをコップに入れて飲む。酔うのは嫌いだったはずだけど、少し酔うとしばらくの間、自己嫌悪が軽くなるので、先々月の半ばから、一日にガラスコップに半分程度、お酒を飲んでいる。主にウォッカで、出来るだけ、毎日は飲まないようにしている。今日飲んだのも5日ぶりだ。

長年来ていたバーバリーのダッフルコートが、いい加減ぼろぼろになってきたので、新しいダッフルコートが欲しい。同じバーバリーがいいな、と思って検索したら、今のと似たようなコートが新品で20万円もする。今のコートは、ほぼ新品のを、叔父さんにただで貰ったもので、着心地が最高にいいので気に入っているのだけど、そんなに高いものだとは知らなかった。外出用のコートは、とても気に入ったのを持っているので、部屋着用として今のバーバリーを着倒したら、いずれまたお金に余裕が出来たときにでも、新しいのを買おうか?

今すぐにでも欲しいのは、新しい眼鏡だ。ずっと丸眼鏡が欲しいと思っていたけれど、今はセルロイドの眼鏡が欲しい。ジョン・レノンは丸眼鏡のイメージだけど、晩年は白山眼鏡店のセルロイド眼鏡を掛けていたそうだ。その、ジョン・レノンのと同じモデルがウィンストンという名前で白山眼鏡店に売っているので、僕に似合うか分からないけれど欲しい。ウィンストンというのはジョン・レノンのミドルネームだ。ただ、やはり高いので、買うのを躊躇している。

昼前、『卵』という詩を書く。現実とは何か。それは自分の心の奥深くに問い掛けなくては分からない。見えるまま、感じるままが現実だとは限らない。
僕はどんどん、思い込みから解放されてきている。本当に自由に言葉を扱えるようになるには、まだ時間がかかりそうだけど、今は絶望はしていない。最近僕は、僕が知りたかった何かに近付いている感触がある。もしかしたら、完璧に幸せで楽しい時間を得られるかもしれない。

映画やゲームは、どちらかと言うと受け身で楽しむものだ。映画は最近好きだけど、漫然と見ていると、頭がぼんやりしてしまう。でも、映像に浸ることの快感は、なかなか捨て難い。
想像したり、考えたりする方が楽しいと思う。段々思い出してきた。僕にとって、この世で一番楽しいことは、読書と音楽と、そして書くことだ。考えることも、最高に好き。頭の中の気持ちいい混乱も好きだ。最近、頭の中で、音楽や風景や物語を作るのが楽しい。気持ちよく疲れる。

夜、『去年マリエンバートで』を見る。難解な映画として有名なのだけど、今なら多分すんなり見られるだろう、と思って見たら、本当に難解でびっくりした。どうやら主人公の男(名前は無い)とヒロインの覚えている世界が食い違っている、ということは何となく分かるのだけど、Wikiで解説を見ると、ヒロインの夫が見ている世界も混ざっていて、その世界が現実なのらしい。途中で、去年ヒロインが夫に撃ち殺された、というシーンがあるけれど、ヒロインはぴんぴんしてるし、ヒロインの覚えている世界では、主人公が死んだことになっている。黒澤明の『羅生門』をヒントにして作られたそうだ。『羅生門』は、芥川龍之介の『藪の中』を映像化したもの。『藪の中』(『羅生門』)は、ある殺人事件があって、当事者の三人が全然違う証言をする、という内容で、非常に分かりやすいのだけど、『去年マリエンバードで』は、三つの世界がまるで出鱈目に継ぎ接ぎされているので、真相は分からないまま、まるで悪夢のように、映画の世界に引き摺り込まれていく感じがする。訳が分からないのに面白い、不思議な映画だ。絡み合う現実の中を彷徨い歩くような、この不思議な感覚は、今まで見たどの映画でも感じたことが無い。よくよく見れば、シーンの配置は出鱈目ではなく、きちんと今見ているシーンが誰の主観なのか、分かるようになっているらしいのだけど、謎解きをしてしまったらつまらない気もする。せっかくの、心地いい悪夢のような感覚が薄れてしまいそうで。賛否両論ありそうな映画だけれど、僕は断然賛成派だ。現実感が掻き回されるような、気持ち悪いような、不気味なような、それが快感なような、変な映画。多分、また見ると思う。

詩や小説を読むと、遠い気持ちになる。僕に染みついてしまった現実感を、また引き剥がしていくことには、不安が伴う。僕は、きっと自由になれるだろう。与えられた世界の、全てを知りたい。与えられた心身の全てを使って。知りたい。