日記(映画やアニメのことばかり書いてしまった)

10月31日(日)、
日付が替わってすぐ『世界最高の暗殺者、異世界貴族に転生する』を3話まで見る。とても人気があるらしい。オープニングが格好いい。今のところは、タイトル通り、この世界でとても有能だった壮年の暗殺者が、記憶を保持したまま、剣と魔法の世界で赤ん坊からやり直し、というよくありそうな設定で、特に目新しい要素は無いと思った。『幼女戦記』と違って、非情な暗殺者だった割には、異世界では随分と感情豊かなんだな、と思ったけれど、異世界ものの多くは、あくまで転生後の物語がメインなので、これからいろんな紆余曲折や出会いがあって、面白くなるだろうと思う。単にチート級の経験と能力で大活躍するだけでは、もちろんないと思うので、もう少し見続けてみようと思う。

昼、『パルプ・フィクション』を見る。2時間半ある映画だけど、一気に見てしまった。これも、見るのはたしか2度目だ。ストーリーは少しばかり複雑だし、あまり覚えていないかと思ったら、ほぼ全部覚えていた。煙草を吸うシーンが多いので、釣られて煙草を吸いながら見た。ヒロインのミアが何度か白い粉(多分コカイン)をストローで鼻から吸うシーンがあるので、やはり釣られて、僕もかなり久しぶりに、サイレースを砕いて、鼻から吸いながら見た。サイレースのスニッフは、僕にはあまり効果が無いのだけど、少し悪いことをしているみたいで、気分は出る。『パルプ・フィクション』は、ストーリーが説明しづらいのに、曖昧なところが少しも無い、物語作りのお手本としたいような映画だ。理不尽に人が死ぬし、ご都合主義だし、言葉遣いは悪いし、人間の心理を掘り下げた訳でもなく、特に感動するシーンも無いのに、本当に制作者もヤクが決まってたんじゃないかと思うくらい、切れが良くて、見てて楽しい映画。

昼過ぎ、『ハンニバル』のドラマ版を見る。マッツ・ミケルセンがやっぱり格好いい。シーズン3まであって、シーズン1はもう見ているのだけど、もう一度最初から見た。2話まで見た。リアルな死体が出てくるのがやはりいい。主人公格のウィルのプロファイリングが、殆ど超能力だ。フィクションだから当然だけど。現実的には、現場や死体を少し見ただけで、そんなにぴたりと犯人の特色を具体的に当てられるものだろうか? ウィルは犯人の気持ちが分かってしまいすぎたり、犯人を殺して快感を感じてしまったりする自分への嫌悪の念などで心を病んでいて、とにかく暗い奴だし、犯行現場や死体や解剖のシーンが多くて、あまり明るいドラマとは言えないのだけど、唯一、ハンニバル博士が出てくるところだけ、ほのぼのとする。ハンニバルはウィルの主治医兼、殺人事件の捜査協力者という立場にあって、実はどさくさに紛れて捜査妨害や殺人に励み、夜は持ち帰った死体を料理をする、というとても多忙な毎日を送っているけれど、マッツ・ミケルセンの演技が優美で、殺人はともかく、勤勉さって美徳なのかもしれない、と感じるし、こういう風にゆっくりと丁寧に料理をするのもいいな、と思う。マッツ・ミケルセンの、いつも少し疲れたような笑みが実に魅力的だ。このドラマでのハンニバルは、単なる知能の高い殺人鬼ではなく、どことなく辛い過去を持っていて、表面上だけではない共感力を持っているように見える。悲しみを洗練された物腰で、やっとのことで隠しているような。映画版のハンニバルは、最初の登場シーンからやばい奴だったけど、ドラマ版のハンニバルは、彼の非人間性よりも、複雑で苦渋に満ちた精神が強調されていると思う。うんざりするくらい暗い性格のウィルが、ハンニバルには、時々だけど、少し打ち解けて、大笑いしたりするのも印象的。

 

11月1日(月)、
……

 

11月2日(火)、
日付が替わってすぐ、キューブリックの『フルメタル・ジャケット』を見る。見るのは2回目。前に見たのはおそらく18歳の時だ。大学の図書館で見たので。とても面白かった印象があるのだけど、同じくベトナム戦争を題材にした『地獄の黙示録』に比べると、大分スケールは落ちる。これもまた「戦争の狂気を描く」と書かれていたけれど、戦争そのものの狂気と言うよりは、兵士個人個人の狂気に視点が当てられている。『地獄の黙示録』の場合、戦争全体が狂ってる感じがあって、兵士は皆、人を殺すことなんて考えたこともないような普通の人たちばかりだったけれど、『フルメタル・ジャケット』は兵士がみんな最初からおかしい感じだ。あからさまに気が狂ってしまう訓練生も、もう少しじわじわと追い詰められている感じがあった方が良かったと思う。兵士たちが皆、戦争のせいで気が変になるんじゃなくて、戦争に出た途端に、元からある本性が出たような感じだ。みんな殺しを楽しんでいる。兵士たちには、いかれた体育会系というかマッチョイズム的な連帯感があって、僕だったら多分、ベトコンとの衝突以前に、隊の空気の中で、すっかり参ってしまうと思った。『地獄の黙示録』の方が、内気で繊細な感じの隊員が多かったので、馴染めそうだ。戦争には行きたくないし、戦争ほど愚かなものが、何故無くならないのか、やっぱり分からない。僕は映画でしか戦争を知らないけれど、兵士たちにあるのは誇りでも使命感でも愛国心でもなく、ただ恐怖とストレスと憂さ晴らしだけじゃないかと思う。

 

11月3日(水)、
昼、『メイドインアビス』の劇場版を見る。ナナチが可愛い。相変わらずキャラは可愛いのに、内容は、肉片がどろどろしていて、後味が悪くて面白い。母に本編の方を「可愛らしい子供たちのファンタジー性溢れるアニメだから見たらいいよ」と勧めた。劇場版は主にボンドルド卿との戦闘が描かれていて、ボンドルド卿は人間のクズというよりクズ以下の奴だけど、やたらと丁寧で、愛情表現豊かな物腰なので、ひょっとしたらこいつは悪い奴じゃないんじゃないか?、と時折思えてしまうのが怖い。裏があって人を愛する振りをしている訳ではなく、愛が倒錯的であるだけなので尚更騙されそうになる。いや、それは別に騙される訳じゃなくて、ボンドルド卿はせっせと人を殺し、さっさと人を裏切るだけの、単に仕事熱心で欲望に忠実な普通の人なのかもしれない。善人とは言えないとしても。ボンドルド卿に深い恨みを抱いているナナチでさえ、彼に同情している節があって、それも不自然には思えない。彼は狂ってるなりに筋が通っていて、狂っている、ってことは、多分、割に悲しいことだ。ボンドルド卿はぶっ殺すべきなんだけど、別に自分の生死にさえ執着しない奴を殺しても、あまり報われない。ナナチがいなくてリコとレグだけで闘うアニメだったら、ちょっと見るのがきつかったかもしれない。リコは、困難を乗り越えていく心の強さを持っているというよりは、恐怖心が麻痺しているんじゃないかと思えてきたし、レグは戦闘力は高いけど少し頼りないし、ナナチをリーダーにした方がいい気がする。それはそれとして、結末がすごく気になる。もうこれ以上いくら内容が残酷でダークになっても驚かないので、出来ればすっきりした結末であって欲しいなと思う。ものすごく気持ち悪い終わり方でも、それはそれで面白そうではあるんだけど。

 

11月4日(木)、
……

 

11月5日(金)、
昨日は昼頃までベッドの中でぐずぐずしていて、自己嫌悪に浸っていた。最近、少しクイズに嵌まっていて、「30枚のコインの内10枚が表です。目を瞑ったままで、30枚のコインを2つのグループに分けて、両方のグループにある表のコインの数を等しくするにはどうすればいいでしょう?」という問題を寝ながら反芻してた。両方のグループでコインの数は揃えなくていいし、コインは裏返してもいい。……この問題は「30枚」というのが軽い引っかけで、11枚以上なら何万枚になろうが何億枚になろうが、答え方はほぼ変わらない、というところがポイントだと思う。「7枚中4枚が表」の場合でも、「300枚中157枚が表」の場合でも、問題無く解ける。、、、ということを起きて母に話していた。長年、クイズやパズルなんてただの遊戯だと馬鹿にしていたけれど、案外、自分の直観の根拠のようなものを探るのに役に立つかもしれない。自分にとってしっくり来る答えを探ることは、自分を知ることに繋がるかもしれなくて、その為には別に言葉のみに拘らなくてもいいのかもしれない。自分や、世界を知るために役に立つなら、文学でも、音楽でも、数学でも、じゃんじゃん取り入れていけばいいのかもしれない。

数日間どうにも調子が悪かったのは、サイレースをスニッフしていたからかも。昨日の午後からスニッフをやめてみた。スニッフ自体が良いか悪いかはさておき、慣れないことをすると調子が狂う。いつもの調子を維持するには、あまり習慣は変えない方がいいと思う。

夜明け前、小津安二郎の『秋刀魚の味』を見終える。この間見た、同じく小津監督の『晩春』と内容はあまり変わらない。やはり20代の娘がいて、周りが嫁に行け行けとうるさい。『秋刀魚の味』はカラーだけど、モノクロの『晩春』の方が美しいと思った。24歳の娘の結婚するしないに、みんなして気を揉むなんて、今ではほぼ考えられない話だけど、そこはまあ古い話なので、特に突っ込まないことにした。一番最初のシーンですぐに気付いたんだけど、僕がこの映画を見るのは2回目だった。いつ見たんだろう? ほとんどの場面を覚えていたし、台詞も大体覚えていた。あんまり面白くはないけれど、印象には残りやすい映画なのかもしれない。でも、娘の結婚云々の話の印象はとても薄くて、父親の学生時代の教師が出てくるシーンを特によく覚えていた。その元教師は、今はうらぶれたラーメン屋をやっていて、未婚のままの年増の娘と二人で暮らしている。彼は、客が「ここのラーメンあんまりうまくねえんだ」と言ってても、「へえ」とか言ってにやにやしているような、謙虚を通り越して卑屈な感じの漂う老人で、酒に酔うと「人生は孤独です」とか「私は失敗しました」とか、寂しいことばかり言ってて、その、何もかも諦めてしまったような風情が、実に哀れっぽい。哀れな老人の話では映画にならないかもしれないけれど、24歳の娘が結婚に行くとか行かないとかよりも、湿っぽくて穏やかな不幸の中で人生の終末を迎えつつある老人の末路の方が、見終わった後でとても気になった。黒澤明の『生きる』みたいに、死期を悟った途端に社会活動に目覚める、という話は勇ましいけれど、共感は出来ない。

 

11月6日(土)、
夜になって薬を飲もうとして、昨夜薬を飲んでいなかったことに気付いた。昨日の昼から、何にも食べていないし、麦茶しか飲んでいない。ずっとアニメやYouTubeの動画を見て、読書をし、考えごとをしていた。書きものも少ししたし、息抜きにクイズを解いていた。生産的とは言えないまでも、自分としてはなかなか豊かな時間を過ごしたと思う。精神は、張り詰めていながら、同時にゆったりとしている。けれどさすがに寝不足と栄養不足を感じたので、少し眠ろうと、睡眠薬を飲もうとしたところで、昨日薬を抜いていたことに気付いた。

頭を動かすのが、本当に楽しい。映像に浸るのも楽しいし、読書も、書くことも楽しい。結構なことだと思う。

アニメはいくつか一話だけ見たのと、新海誠の『彼女と彼女の猫 -Everything Flows-』と、同じく新海監督の『言の葉の庭』それから『ジャヒー様はくじけない!』を最新の13話まで見た。『ジャヒー様はくじけない!』はあまり人気が無いみたいだし、作画も並みか並み以下、テンポも悪いし、目新しい要素も無いけれど、キャラクターはなかなかいい。魔界で、魔王に次ぐナンバー2だったジャヒー様が、地上(おそらく東京)に堕ちて、生活に追われる、という何処かで聞いたことのあるようなストーリーだ。ちなみにジャヒー様は、地上では幼女の姿をしていて、たまに魔界時代のときのままの、スタイルのいい少女姿に変身出来る。で、何が面白いかというと、やっぱり一番は、急に力を失ったジャヒー様が、元ナンバー2だったというプライドを捨てきれないないまま、段々に人間に惹かれていく過程を見ていくことだろうか。いや、やっぱりさっきも書いたように、同じく魔界から堕ちてきて今は人間をやっているキャラの、それから人間界で出会う人たちの造形がいいことだろうか。どんどん人間界での交流が賑やかになっていく展開が、自然なのもいい。とは言っても、全然シリアスなアニメではなく、ほのぼの系の日常アニメなので、あまりいろいろ批評するのは野暮で、単に、割に楽しめた、とだけ書いておいた方が、いいのかもしれない。続きも見てみたい。
言の葉の庭』は、見るのは多分3度目。やはり雨の描写が感動的に美しい。たしか新海監督も、「この映画は雨が主役だ」ということを言っていた、と記憶している。雨の日にだけ公園の東屋に立ち寄って、授業をサボる男子高校生の主人公と、同じく雨の日には仕事をサボって、東屋でビールを飲んでいる年上の女性が、段々惹かれあっていく、という、大まかに言えば、そういうストーリー。たしか二人が最初か、2度目に会ったときだったか、その女性が「雷神(なるかみ)の少し動(とよ)みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ」(雷が少し轟いて、空が曇り、雨が降らないだろうか。あなたを留められるのに)という万葉集の短歌を呟き、「?」となる主人公が、後でその歌の意味と返歌を知り「雷神の少し動みて降らずともわれは留(とま)らん妹(いも)し留(とど)めば」(雷が少々轟いて雨が降るなどということがなくても、私は留まろう。あなたが留まるなら)と返すところが、とても好きだ。万葉集に、少し興味が湧いた。

頭の調子が、良くなっていると感じる。この調子で、さらに良くなっていくといいのだけど。創作も、出来るようになると思う。それから、語学をもう少しやろうと思う。数学にも、少し興味が湧いてきた。このところ日記には映画やアニメのレビューみたいなことばかり書いているけれど、もっと、他に書きたいことがある。

眠い。眠くて、何かをするどころじゃない。少し眠って、明日またがんばろう。