日記(少しだけ楽でいたい)

9月21日(火)、
今日は頭がぼんやりする。晴れていて蒸し暑いのに、身体は冷たい。今日こそは外に出かけようと思っていたのに、結局はうつらうつらと椅子に座ったり、ベッドに横になって本を読んだりしている内に、すっかり夜になってしまった。母にビタミンCの錠剤を買ってきてもらった。そろそろ夏も終わりだ。いや、もうとっくに秋に入っているのだろうか? 虫の声が変わった。

生活を忌避するときは、忌み嫌うという形で、生活に囚われている。親を嫌う人がそうであるように。嫌な親だって、遠くから見れば懐かしい。自分の中の嫌悪感や絶望感だって愛おしくなる。何もかもから遠く離れることは、一種の逃避であり、主体的に離人感に向かうことだろう。そうでもしなきゃ、真っ正面から嫌悪感や不安にぶつかっても、嫌な感情の真ん中で、身動きが取れなくなる。

神経質になると、いろんな矛盾が解消されないで、頭の中で神経網が糸くずのように絡まって、いつまでもほぐれないような感じがする。今日は、本で、ヨーロッパの高級な果物畑では、盗人が入らないよう、周りを厳重な柵で囲っている、という記述を読んで、そう言えば、日本では毎年、収穫直前のスイカが大量に盗まれる事件がよくあるなあ、と考えて、畑に鉄条網でも張り巡らせて、電流でも流しておけばいいのに、と思ったのだけど、あちこちの畑が核施設か何かみたいに厳重に警備されている光景も嫌だなあ、と思った。徒然草でも、いい感じの鄙びた家にミカンの木があって、それに柵を巡らせているのが、いかにも疑り深い気がして、この柵がなければどんなにいいだろう、と書かれていた。けれど盗人は一定数存在する。父に言わせれば、日本人には、一年間手塩にかけたスイカを盗んでいくような恥知らずは存在しない。中国人に決まっているのだそうだ。僕は中国に二度行ったことがあるけれど、そこに住む人が悪いとはとても思えなかった。ホテルの人の感じがいいのはともかく、保育園の先生(親戚の子供を僕ひとりで迎えに行った)とか、散歩帰りにマンションに戻ろうとしたら、なかなか中に入れてくれなかった守衛の人に、怪しいものじゃないんだ、と説明したら、実に辛抱強く説明を聞いてくれたし、真夜中に酔っ払って街を歩いてたら吐きそうになって、近くの開いてるマッサージ屋の人に、吐きそうで死にそうだ、と言ったら、心配してくれて、バケツを持ってきてくれた。当然のことだけど、国民性の違いなんかより、個人間の違いの方がずっと大きい。皆が他人を漠然と疑って自衛している社会は嫌になるし、外国人を一絡げにして悪く思う心理は嫌だし、かと言って全く無防備だと「襲われる方が悪い」とか訳の分からないことを言われそうで、それも気が滅入る。そう思っている僕が、じゃあ、人を一切傷付けない善人なのかと言えば、全然そうじゃない。実際に言葉で多くの人を傷付けてきたし、それに、部屋で何もせずに生存しているだけでも、両親には負担をかけ続け、Amazonで物を買えば、Amazonの労働条件の悪さを助長しているし、僕が持っている多くの物は、人件費の安い国で大量生産されたものだ。いざとなれば僕は、自分が餓死するよりは、ミカンだってスイカだって盗むだろう。僕が憂鬱なら、憂鬱じゃない人を滅入らせるし、元気なら元気で、憂鬱な人を踏みにじる。

だから結局は、ひとりで漠然とした不安なんかに囚われずに、今自分がしたいことをせっせとしていくだけなのだけど、一度引っ掛かったもやもやを自力で解きほぐすことが出来なくて、いつまでもぐずぐずしている。頭の回転が悪いからこんなことに悩んでいるのだとも思うけど、ぐずぐずと自分が喪ったことに拘ったり、自分がひそひそと部屋で怯えていることの言い訳をだれにともなく頭の中で繰り返したり、漠然とした罪悪感に形を与えようと不毛な言葉を平坦に組み立てている内に、一日が終わってしまう。堕落していると思い、自分が嫌になる。それは今自分が楽しくないからだし、何も好きと感じられないことに対する不安から起こっていると思う。僕が鬱々してるときに考えることなんて碌なことじゃない。金閣寺は裕福な人々の贅沢の象徴だ、と言って、火を付けた昔の青年みたいに、大真面目にずれたことを考えている。

今すぐ、自分が大好きなことに心から没頭すればいい。何とかして頭を叩き起こす。僕には今、エレキギターという強い味方がいて、何にも感じなくても、しばらく弾いていると、何もかもが溶け合ったような不思議な気分になる。晩ご飯に呼ばれたけど、何の罪悪感もなく、ギターを弾き続けてる。部屋の中で僕が鬱で自罰的であろうが、ハイでフラットな意識でいようが、人には関係ない。それならハイになれ、と思う。

部屋の中で思い切りナルシシズムに浸っていればいい。活字と音楽と画集に助けを求めながら。それでも何にも感じなくて、不安しか無いなら、枕でも抱えて目を瞑ってじっとしているしかない。妙な自信だけは失いたくない。