明るい明るい、明るい遺書を書きたい

僕は病気でしかなかった。本当にひどかったし、辛かった。何にも価値のあるものを書けなかった。自分の言葉を書けなかった。

僕は1秒も、本当に楽しかったことがない。つまらない、と感じていた訳でもない。笑っていても、冗談を言っていても、僕の心は、僕のずっと遠くで眠っていた。表面的な顔の歪みと、条件反射だけで、生きることなく、生きた振りを飽きることなく反芻してきた。ずっと死のうと思ってきた。もやもやぐずぐずした生への執着心がある訳ではなく、僕はただ、僕自身を取り戻すこと、それだけを夢見続けてきた。僕は、楽しいとはどういうことか知っているし、言葉の楽しさ、音楽の楽しさ、生きることそのものの楽しさを、知っている。知っているのにそこから隔絶されていることは、知らないで生きることより、多分、辛い。人を愛したことの無い人には、愛を失った後の、生きてはいるけれどもう生きていない、という感触は、分からない。情熱も同じ。身体は生きて動いているけれど、心は生きていない。まだ、死んだわけではないかもしれない。でも、もしかしたら僕の本当に大事な部分は、もうとっくに死に絶えてしまっているのかもしれない。死ねばいいのかもしれない。

死ぬことをただ先送りにして生きている。僕は23歳のときには30歳には死のうと思っていた。それから10年間、僕は死んでいたも同然だったので、今33歳の僕は、40歳には死のうかなんて思っている。今すぐ死ぬのでも構わない。昔からただ、死に方が分からなかった。自殺未遂は何度したかもう分からない。他の人なら何度か死んでるかもしれないくらいODをしまくったし、首を吊ろうと何度も試みたし、練炭も排ガスも試した。手首を深く切ったけど、気持ち良くなくて、ぎりぎりのところで父に助け(?)られた。今は、もう銃しか無いんじゃないかと思っている。それともヘロインの過剰摂取で死ぬのが一番楽かもしれない。死ぬために生きようなんて、まるで冗談みたいだけど。銃やヘロインなんて、おそらくアメリカに行かなければ実行出来ない。だからアメリカに行きたい、なんて思ったり。そしたら楽しくて、案外生きたくなるかもしれない。だったらそれでもいいな。楽しいなら、いつまでだって生きていたいと思う。楽しいときだけ、きっと本当のことが分かる。

明るいこと。世界は矛盾していて、混沌としていて、人生の組み立て方なんてまるで分からないけれど、その中にだって、どうしようもなく好きなものは存在していて、好きなものに出会うとき、好きなものと一緒にいられるとき、ハイにはなれなくても、静かで、多分優しい、気持ちになれる。

僕は、いつか楽しくなれるだろうか? どんなに楽しさに近いときにでも、僕はひりつくような不安と一緒にいる。その檻から出られさえすれば、僕には僕に出来る、最大限の何かが出来る気がする。きっと誰も、僕が楽しくないなんて、思ってない。冗談を言って、笑ってたりしてる。けれどいつだって僕は、片時も自分が不安であることを忘れていない。ずっと何か、足りないまま。今でもそう。

僕は、「楽しい」という言葉を発するときがある。楽しくない自分を認めたくない。でも、ぼんやりとして、例えばお酒なんかを飲んで、自分から離れてしまいたくない。全然楽しくなかった、とても長い年月があって、その楽しくなさは、これからもずっと続くかもしれない。けれどその「楽しくなさ」を忘れたくない。いつか本当に楽しくなれる時まで。

それでも、生きていかなくちゃ、と思うと、もっと好奇心を成長させて、もっと勉強したい。いろんな音楽を聴きたいし、没頭したいし、小説や詩を読みたいと思う。だらだらと堕落して、何にも面白くない一日は、今以上に僕の精神を腐らせてしまう。社会的なことももっともっと体験したい。緊張だって、もっと欲しい。今の自分を、本当に、馬鹿だな、と思う。死ぬまで馬鹿なだけかもしれない。きっと死ぬまで僕は自分を認められない。でも、光を。光を感じる時間が一瞬でもあれば……。その為だけに、堕落だけは、したくない。悲しみも、痛みも、もっと、もっと、欲しい。

悲しみも、鼓動も、心臓を半分に切り裂かれて、心の底に落ちていくような感覚も。欲しい。心臓の鼓動。生きている一秒一秒。……死んでいない。溺れていきたい。塗れていきたい。高鳴って、リピートされるビートの中に溶け込んでいく心音。痛み。弱さ。眼を瞑り「僕は何も信じない」と何度も、何度も呟く。夢。泣くこと。逃げないこと。偉い人が言うようなこと、思想、宗教、「楽になれる方法」なんかには絶対に縋らないこと。思いきり切なく悲しくひとりぼっちでいること。僕の全存在をかけて、弱くいたい。何も信じない。ただ裸の僕でいたい。世界の縁で。世界の真ん中で。僕は僕でいたい。弱い弱い存在として。

遠い気持ち。僕にはまだ僕の知らない僕の気持ちがある。夜の底に、ふと流れる、永遠のような気持ち。生きていれば生きている理由がいつか見付かることを、信じていられたら。死の観念に刺されても、ゆっくりと毒されても、たったひとり空虚に満たされたとしても。弱い弱い、裸の存在としていられたら。そして、何がどうあっても優しくいられたら。