メモ(痛み、ときどきの寛解)

*1
現代の現代性。ポップであること。憂鬱な時には、最も無意味に思えるもの。ポップでチープでカラフルなものが好きだと思えるときは、生きていて楽しい。真実なんて考えてたら、考えているときは良くても、少し気が逸れると、逆に一気に、生活の苦痛のど真ん中に落ちてしまう。

不幸なときは、ただひたすらに不幸だ。僕は、よく気が狂わずに生きてきた、と思う。多分、半分以上は頭がいかれてたと思うけれど。

もう、思い出に縋らなくても生きていけるだろうか? 過去の自分を規範にせずに、今したいことを、今の自分の心で決めていけるだろうか?

辛いことは、何の得にもならない。見える病気じゃないし。僕はいろんな体験をしてきた。まるで、幾つかの世界を巡ってきたみたいだ。身体の傷の方が、心の傷より、僕にとってはまだ楽だ。心の傷は、どんなに崩壊寸前に辛くても、誰にも見せることが出来ないからだ。

とても辛いときは、自分で自分を救えない。音楽にも読書にも逃げられない。僕が辛い辛いと言えば、みんな辛いんだ、と返されることが多い。誰もが自分の辛さ以上の辛さを想像出来ないし、そもそも自分が辛くないときは、辛いってどういう感じか、完全には思い出せないものだ。ともかく僕は本当に辛かった。音が音楽にならなかった。音楽に対する愛着とか、楽しいという感じが、完全に消えていた。本も、文字のばらばらな羅列でしかなくて、そこに書いてある単語の意味と音は分かるのに、言葉から何かを感じる、ってどういうことか、全く分からなかった。言葉も音も本当に怖かった。画像も怖いし、眠るのが怖いし、起きているのも怖かった。全てがやつれて、灰色にべたべたして、家の外も中も、まるで全ての物質や情報が、悪意を隠し持っているように感じた。ニック・ドレイクの音楽を聴いても、音は聞こえるのに、ニックの心を感じられなかった。中也を読んでも、全ての活字は醜い性格を持つ、悪意に満ちた染みのように見えた。目を醒ましかけた害虫の群れ。全ては悪意を剥き出しにする刹那にあって、世界はいつも割れる寸前だった。いつも身構えていて、怯えていて、生きてるだけで疲れ切ってしまっていた。不安が強くて、呼吸が苦しくて、人の悪意に怯えていた。

経験的に、僕の精神や、僕個人の世界は、簡単に壊れるし、簡単に切り替わってしまう。意思を強く持とうとするほどに、おかしな方向に向かってしまう。自分の中で何かが決定的に変わってしまって、何かが完全に失われたのに、そのことは他人には少しも伝わらない。伝えようとするほど、馬鹿げた言葉しか出てこなくて、自分でも自分の言葉に洗脳されて、自分を馬鹿だと思う。何も感じなくて落ち込んでいるのに、その上鈍感だと蔑まれたりする。火が消えてしまったロウソクみたいに、心は冷たく、誰にも見付けてもらえないし、誰も暖めることが出来ない。きちんと燃え尽きた訳でもない。火が消えるのはとても簡単。でも一度消えてしまった火が、きちんとまた灯るには、長い長い年月と奇跡が必要だと思う。僕の心は、今また火を灯しかけているけれど、それはまだ、少しの風で掻き消えて仕舞うような、不安定な火だ。

何だろう? この懐かしい感じ。この夏の、夏らしい感じ。『中原中也全詩歌集』の表紙を見ているだけで、僕は僕、という感じがする。何か、胸がずきずきする。

この世に、最近少しだけ興味を持ち始めた。ずっと、花の名前なんてどうでもよかった。ギターに使われる木材の名前は少しだけ知っている。水仙もクロッカスもマーガレットも、どんな花だったか、すぐには形も色も浮かばない。もしかしたら見ても分からないかもしれない。水仙、という単語はとても美しいと思う。クロッカスはおもちゃ、カスタネットとクロワッサンみたいだし、マーガレットは女の人の名前だ。……言葉は、読者が知っている言葉を介してしか、何も伝えられない。なかなか不便なものだ。千年前の『枕草子』には、もう今では何のことやら分からない単語がいくつも出てくる。意味は分からなくとも、想像することは出来るし、単語の響きが面白かったりはするけれど、その内、今使われている言葉が、完全に意味不明になってしまう時が来ると思うと怖い。「空」という言葉さえ無くなる日が来るかもしれない。でも、書いているときには、そんな怖れは存在しない。1億年経って、今の言葉が全く意味不明になってしまったら、古文書みたいだし、それはそれで面白いかも、と思う。文字の遺跡。文字の琥珀

自分さえ良ければそれでいい、という人があまりいないのは何故だろう? 多分、殆どの人は自己中心的ではない。本当に、他人のことを全然考えないなら、人に怒ることさえしないだろう。自分の飼い犬を叱る人はいるけれど、水槽の中のメダカに怒る人は、あまりいなそうだ。この頃、サイコパスという言葉が一般的になってきたけれど、僕はサイコパスの実在を疑っている。誰だって、遠い国で人が何人死のうが心を痛めたりしない。僕だって、僕が知らないところで何人死のうが、そんな抽象的な数字を見て泣くことなんて出来ない。僕は、親が死んだら、とても大きな欠落感を感じるだろう、とたまに思うけれど、今この瞬間は、何だか両親が遠い世界の他人に見える。台所で母が倒れていたら、救急車を呼ぶだろうけれど、それは本能的な反応ではない気がする。僕がソファでうめき声を上げて突然倒れたとき、母は、僕がふざけているのかと思ったらしいけれど、父はびっくりして即座に、僕の息を確かめて、人工呼吸をしたらしい。だから僕は父のことをあまり悪く思えない。僕は誰が死んでも悲しい気がする。でもそれは、僕がうまいこと、自分の心を騙せるからのような気もする。

本当にいい人はいると思う。単にいい人だと思われたい人もいれば、自分自身をいい人だと思い込みたい人もいると思う。でも、それって全部同じなんじゃないかと思う。確かに、優しく見られたいだけ、なんて、屈折しているのかもしれなくても。

小林秀雄が、狂人は一生懸命なのだ、と書いていた。僕自身は狂人を見たことが無い。一番の狂人は僕かもしれない。

気がかりなことがたくさんある。いつも気がかりと言ってもいいかも知れない。それは僕のお腹に木の洞のような穴を開ける。ぽっかりして、悪い空気が溜まっていて、内壁は腐っている。あるいはクルミ大の痼りをお腹に感じる。硬くて痛いそれを、僕はどうしても取り除くことが出来ない。僕が飼っている、僕の不安。

ニック・ドレイクが遠い時間を超えて歌っている。僕には「優しさ」という単語があまり分からない。でもニックの歌を聴くと、優しさと呼べる何かを感じる気がする。多分、優しさとは、ニックの歌のようなものなのだろう、と思う。多分、僕には縁遠いもの。でも、ニックの歌と、そしてギターから、僕の心臓の奥に、染みてくるもの。


*2
昔、19歳の頃、僕はまともだったと思う。13歳以前を除けば、その頃が一番幸せだったし、心が軽かった。でも、僕が、生きていることは幸せなんだ、と言うと、両親には何故かドラッグの使用を疑われて、病院に連れて行かれた。僕はその頃、とても楽だったことは覚えているのだけど、病院に通う内に、いつの間にかすっぽりと病人の症例に嵌まってしまっていて、僕は典型的な病人として、段々大人しく、段々苦しくなっていった。本当は、生きていることは幸せなのだと、僕は経験的に知っている気がする。けれど、それがどんな経験で、どうしてそんな簡単な答えに、今の僕が行き着けないのか、まるで分からない。疲れてて、不安で、もう何もかも終わりのような気がして、動悸がして、何にもしたくなくて、出来なくて、死にたいとばかり思っている。僕は父と母を、とても恐れているのかもしれない。というより、父と母に、変な人間だと思われることを、とても恐れている。19歳のとき、僕が自分をまともだと認識していたとき、足繁く僕の元に通って、僕を外に連れ出してくれたのは、二人の友人だけだった。大学生時代の友人も、とても大切で、わざわざ遠い県にまで、二人で会いに来てくれた。でも、しばらくいろいろな人との連絡が途絶えた時、僕は急にほとんどの人と縁を切りたくなってきて、メールアドレスを替えて、新しいアドレスは、何人かにしか伝えなかった。それまではアドレス帳に載った、高校時代の友人とか、様々な人に電話を掛けまくっていて、大体、多分、変な奴だと思われたと思う。何故か説教を受けて、一方的に電話を切られたりもした。「お前は全然変わらない」と言われたりして。社会的に駄目になってしまった人間に、社会で頑張っている人間は厳しいのだろうか? 僕は僕なのに、僕の、無職という肩書きが、彼らの態度をがらりと変えてしまう。


(僕の人生は、大体4つの期間に分けられる。1期は~13歳まで、2期は14歳から19歳まで、3期は20歳から23歳まで。23歳9ヶ月(2011年9月)、に買った、Björkの新しいアルバムが、今月(2021年6月)に入るまで、いいのか、悪いのか、好きなのか、嫌いなのかも分からなかった。頭の中の不安な騒音の方が大きくて、自分が聴いている音楽が、音楽であると認識されなかった。何にも感じず、恐怖だけがあった。鬱状態はほぼ10年間、きっかり続いた。その間、Björkはさらに2枚のアルバムを出したけれど、今日に至るまで、どれがどういいのか、全然分からなかった。2015年の2月に買った『Vulnicura』は、あまりに恐ろしくて、1曲目の途中から先を聴いたことが無かった。今聴くと、ちゃんと聴けるし、すごく気持ちいいと同時に、Björkの、強い感情を感じる。けっこう昔ながらの感覚を取り戻してきている。僕は、どちらかと言うと、何にも出来ずに恐怖と不安に耐えていた10年間を誇りに思っている。それに、治ってきたのだから、運が良かった。23歳から33歳の10年間が僕の人生の4期。せめて34歳には、5期に入れたらいいんだけど。そしてそれが最高に幸せな期間になればいいのだけど。)


鬱の辛さを知らない人は、絶対鬱に憧れたりしてはいけない。本当に鬱になると、それは本当にただの辛い病気でしかないから。