日記

6月11日(金)、
夜中、クーリッシュのマスカット味を食べる。とても美味しかった。寒くなったので、扇風機を止めた。

もう、冬までストーブは使わないと思うので、ストーブの灯油を使い切ろうと思って、クーラーを付けながらストーブも付ける、という妙なことをしている。灯油はもう、ほんの少ししか残ってないはずなのに、意外と何時間も燃える。どちらかと言うと、かなり暑い。

10年間ほど、生きていて、何にも、何ひとつ興味が湧かなかった。ところが今は、生きている限り、したいことだらけだ。ずっと部屋の中でひとりで、薬を飲んで、鬱屈して、そのまま自殺するなんて、まっぴらご免だ。

夕方、詩を書く。『クラゲのように』という詩。これで3日連続、詩を書いた。

冷え切った心を抱えたまま、どう生きていけばいいだろう。

 

6月12日(土)、
昨夜は10時頃に眠って、今朝6時ぴったりに起きた。暖かくなったから起きやすくなったのかもしれない。

寿司打をやったら841回だった。900回はその内行けそうな気がする。

食欲も大分出てきた。何ヶ月か、食べるのが面倒で仕方なくて、空腹を我慢している方がまだましだったのだけど、今は、まあまあきちんと食べてる。

昼、詩を少し書く。これで4日連続詩を書いた。もっといい詩が書けるはず。

何ひとつ嬉しくなくて、嬉しいという感覚が鈍磨していた。社会的な感じのする空気を培養して、完全に緊張して、怯えていた。

生きてることに感動なんて無かった。何ひとつ面白くなかった。夢見がちすぎて、人に期待しすぎて、人が遠かった。僕はもう、この世になんか住んでいない。彼が、彼女が、彼らが、彼女らが使っていた、死んでしまった人たちがみな使っていた、同じ言葉、同じ配列のキーボードを使っている。僕は僕をアップデートしていく。僕はここから動けない。僕は何処にも行けない。何処にも存在しない。

人は変われるものだろうか? 僕は停滞し、僕は老朽化していく。何ひとつ人の心に、傷ひとつ残せないまま。狼狽して、震えたまま。誰も、僕の心を、僕の体を、直接発火させることは出来ない。自分の中で、心の火種を絶やさず、それをどんどん大きくしていく。

人は変われるものだろうか? 人生は喪われていく。壊れていく。感情が浮遊する。

時間は有限? それとも無限? 永遠はある。

フィクションの中を生きている。フィクションの中を生きていたい。最も抽象的な生は、もっとも具体的な感情の世界。何故ならフィクションは、うつくしいからだ。醜い、という言葉は、現実に似ている、人間に似ている。うつくしい瞬間、永遠、うつくしい世界が、欲しい。それを思うと、僕はまるでここには生きていないみたいに感じる。何故、僕はここにいて、彼らと同じ(同じ?)人間として認識され続けなければならないのだろう?

夜。夕食を食べた後、気分が悪くなった。本当はもっと起きていたいのだけど、横にならなければ、椅子から落ちてしまいそうだ。今日はまあまあ読書もしたし、書きものもした。ずっと音楽を聴いていた。BOSEのCDプレーヤーが欲しいなあ。

ともかく一端眠ることにする。明日はもっと元気でいられるといいなあ。

お休みなさい。