日記

6月1日(月)、
何故、僕は僕の、この意識として生きているのだろう?

ついに6月だ。5月もまた、寝て起きて食べる以外、ほとんど何もしない内に過ぎてしまった。3ヶ月丸々、ただだらだらして、過ごしてしまった。けれど、それは必要な休息だった、という気もしている。僕は、確かに回復してきたと感じるけれど、まだまだ疲れているのかもしれない。怠惰な自分を責めて、更に調子を崩すことはしたくない。

朝。死の観念がなかなか消え去らない。久しぶりに、実に4ヶ月ぶりに寿司打をやったら836回だった。今までの最高は897回だけど、あまり、これ以上速くても意味が無いんじゃないかと思えてきた。けれど、出来るだけキーボードに慣れるのは大事なこと。もう一度やったら822回だったんだけど、ミスタイプがゼロだった。指先がきちんと動く感覚はある。

何もかも捨てるべきか。それとも、長生きするつもりで、物を大事にするか。
何もかもを処分しようという方向に、気持ちが傾いている。けっこう無理をして物欲や、物への執着心を持とうとしている気がする。明日死んでもいいとしたら、一体何を本気で望めるだろう? ゆっくりと、時間に身を任せること以外に。

 

6月2日(水)、
頭のネジを、一本一本外していくこと。

 

6月3日(木)、
乾きと稀薄さばかりを感じる。

僕は文学が好きだ。そして音楽が好き。「好き」と、何の衒いも無く言える気持ちが戻ってくる日が来るとは思っていなかった。ひとつの目標が達成された。僕にとって、何よりも大切な、他人の評価なんて関係ない、僕だけの気持ち。好きなものが好きという、それだけのことが掴めなくて、いつも、自分の外に、例えば哲学書や、音楽や小説についての批評文の中に、正しい意見があるんじゃないかと、僕は、絶望的に求めていた。自分が好きなら好き、好きじゃないなら好きじゃない。それだけで、幸せに生きて行くには、十分だ。でも、それだけのことが、いかに難しかったことか。

 

6月4日(金)、
朝、友人に原稿用紙34枚分のメールを書く。いい加減迷惑かと思うけれど、友人も友人で、気ままに長文メールを書いてくれるので、かなり有り難い。他にはあまり書けないのに、友人へのメールだと書きたいことがあり過ぎるのは何故だろう?

昼、思い立って、一切合切を捨てるか、売ることにした。

この世のことが知りたい。

 

6月5日(土)、
朝。また友人に、原稿用紙25枚分のメールを書く。全然淀みなく書けてしまって、自分でも、書きたいことの多さに驚く。

何もかも捨てることに着手した。捨てることは自傷に似ている。血管を切り離すには、ある程度の勇気が要って、最初は素面ではなかなか出来ない。今まで捨てられなかった多くの物を捨てることにした。一点の曇りもない、濁りもない、ただ真っ白な、脳内麻薬の奔流を感じたい。もう少しだけ純粋さを感じられる状態になりたい。

悲しさと不安がもう3日間消えない。人生は虚しいのだと分かってきた。

僕は僕なりに苦労してきた。20年間、自殺を考えない日なんて、ほぼ1日も無かった。僕は、これから時間を、出来るだけゆっくり使いたい。好きな音楽を、アルバム単位で、時間を掛けて聴いたり、本を一頁一頁、舐めるように読みながら。万年筆で、ノートに小さな絵をたくさん描いたりしながら。人はいつ死ぬか分からない。誰もが死と共に生きている。

 

6月6日(日)、
昨日まで3日間ほど、死にたくて、かなりの物を捨てようと、本気で思っていたのだけど、やっぱり捨てるのは止めにした。今日は、何だか生きるのが当たり前なような、平和な気分だ。時々、発作的に物を捨てたくなるのは、僕の習性らしくて、いろいろと捨てようとあくせくしていた僕を、母は何にも慌てずに、あらあらという感じで見ていた。大したものだ。僕の気鬱に母はもはや驚かないし、多分、驚いたところで事態は何も変わらないことは、重々、分かっているのだと思う。長年、母には心配を掛けすぎた気がする。

 

6月7日(月)、
夜中、友人にメールを書く。原稿用紙32枚分。他にも、散文を書いたりしたので、朝の内に、原稿用紙100枚分くらいは書いたと思う。

一点の曇りもない安心感。そんなものが一体何処にあるだろう?

昼。怠くて、何もする気になれない。いつから起きているんだっけ? 多分、一昨日の晩からだ。昨日は一日中書いていたし、今日もずっと書いていた。ぱちぱち書くのは面白い。残したいほどのものは、何ひとつ書けていないにしても。それに、書くことの本当の楽しさは、ほんの少しも戻ってきていないけれど。

いろいろ捨てるのはやめたけれど、やっぱり物が多いと不自由なのは確かだ。死にたくはない。けれど、いつでも死ねる気持ちと環境で生きていたい。

 

6月8日(火)、
朝、なかなか起きられない。嫌な夢を見たし、変な汗をかく。

昼前、もぞもぞ起き上がる。暖かくていい気分。ビートルズジョン・レノンを聴く。

自分がシンプル志向なのかコレクター気質なのか分からない。これまで無くしたもの、捨てた物、売ってしまった物にしつこく拘ってしまう時がある。

何故、何も存在しないのではなく、何かが存在していて、憂鬱な僕がいたりするのだろう?

一昨日、パソコンのキーボードを買った。新しいキーボードを買ったのは4年ぶりだ。この頃また、ノートパソコンをディスプレイに繋いで、デスクトップと同じようにして使っている。

僕には不安が多い。産まれたときはそうでもなかった。少なくとも12歳まではそうじゃなかった。13歳から病院に通い始めて、もう20年が経つ。その間、2、3年は通院をやめた時期もあった。病院に行かなくてもどうってこと無かったときもあったし、病気が悪化したときもあった。

20年間、病院に通い続けたことは、本当に正しかったのだろうか? 本当は、病院に行かなかったら、僕は病人ではなかったんじゃないだろうか? 病気だから薬を飲むのか、薬を飲むから病気なのか。僕は完全に薬物中毒だ。

しかし、僕とは何なのだろうか?
生きてることは奇妙で、何でも出来るって不思議だ。
何故、僕の意識がわざわざあるのだろう?

何故この宇宙があって、人間がいて、不安なんかがあるんだろう?

何故人は群れようとするのだろう?
何故人は人に好かれようとするのだろう?

何かが違う。いつも何かが違う。逸る気持ちが抑えられない。

考えたいことがあるのに、それは言葉では考えられない。けれど、それは言葉にしなきゃならない。頭の中の生活的言語というネジを、嫌な感情や不安という枷を、少しずつ外していく。「結局は身体のことなんだ」と言われると、やはりそれは違うと思う。とは言っても身体の問題は、解消しておかなければならない。身体があまりに苦しいと、心が身体の苦しみにピン止めされてしまう。

何故、何も無いのではなく、全ては存在するのか、そして憂鬱な僕が存在するのか、分かるようで、分からない。言葉では多分太刀打ち出来ないだろう。有るんだから有る、と言って、この疑問を、いわゆる擬似問題として片付けることも、僕には出来ないし、不可知論者として、疑問を取り合えず棚に上げることも、もやもやする。母は、取り敢えず、有るんだから、と言う。ある哲学者は、常識的に考えると、何も無い方が自然に思えるが、実は何かが有ることの方がずっと自然なのだ、と言っていた。0を表現したり、数学的に導き出すことは極めて難しいけれど、有るものについて表現したり、自然数を導き出すことは極めて簡単だ、という、何か納得出来ない説明もあった。それは、既に有る世界の中で考えるから、そうなるだけだと思う。

具体的な事柄について考える方がずっと話が早い。……でも、とても抽象的なことが気に掛かる。

幸せになるよりは、答えが知りたい、と思っていた。

ある種の思い込みを基準にしてものを考えている、ということに気づけないことが多い。

辛さや不安。それは大抵、自分と環境との不和によるものだ。