日記

5月15日(土)、
朝、昼。何のやる気も湧いてこない。

 

5月16日(日)、
少しずつ、空っぽになっていく。いろいろなものを捨てていく。少しずつ、少しずつ。人生の時間は有限で、天国には何も持って行けない。今を生きている時にだけ、永遠を生きられる。

ずっとiTunesにCanの名盤が無くて、とても残念だったんだけど、今朝見るとヴォーカルがダモ鈴木の時のアルバムが全部ダウンロード出来るようになってて、早速『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』の3枚をiPodに入れた。

あの世には何も持って行けない。この世に残せるのは狂った痕跡だけ。

昼、部屋の片付けをしていたら、とても疲れてしまった。Stars of the Lidを聴いてる。ヴォーカルの無いシガーロスのような、ドラムの無いビョークのような音楽。元気な時には退屈で仕方が無い音楽が、灰色の心臓には、とても染みる。
Burialの音楽は、最近、踊れる音楽になっていて、ダークな気分にはあまり合わない。テクノなのに、全く踊れないところが好きだったんだけど。けれど、ずっと追いかけていたいミュージシャンのひとりだ。

 

5月17日(月)、
……

 

5月18日(火)、
今、出来ることをやっていくだけ。感じるだけ。でも今すぐ幸せになるって、何て難しいのだろう。過去の憶測で頭の中がいっぱいになる。今は苦しみに満ちている。昔、梶井基次郎の『檸檬』の中の「背を焼くような借金」という言葉がよく分からなかった。今は分かる気がする。僕はこの部屋にいて、いつも背を焼かれているような気がする。借金は無いけれど、人生の時間が、まるで負債みたいに感じられる。

夜、長いこと本を読んでいた。再読ではなしに、新しい本を読むのは久しぶりだ。やっぱり僕は文学が好きだ。音楽ももちろん好き。半々の割合で音楽と文学が好きというか、どちらが欠けても、僕の心は欠けてしまう。音楽と文学は、両方とも大きな喜びをくれるけれど、一方がもう一方を補うことは出来ない。音楽の快感と文学の快感は違う。けれど、相乗効果は、とても大きい。

 

5月19日(水)、
フォトライフからギターの画像を削除しようと思ったら、随分時間が掛かるので、何度も削除のアイコンを押していたら、消さなくていい画像までごっそり消してしまった。仕方が無い。何もかも消してしまっていいような心地でいる。

 

5月20日(木)、
誰よりも楽しくいられさえすればそれでいい。音楽と言葉を恐ろしいと思っていた/感じていた時さえあるなんて、一体どうしたことだろうと思うけれど、音楽と言葉は、実際、恐ろしくもあるものだ。人間がそうであるように。

何も背負わなくていいんだ。誰よりも自由であればいい。私たちは現代の病気の中を生きている。生真面目さが一番の狂気だ。

劣等感に押し潰されそう。

長年、文章を読むのが苦痛で、読んでも疲労以外何も感じなかったのだけど、今は、活字の世界の深くを泳ぎ回れるような気分だ。何もまともに読めなかった間、ゆっくり読める漢詩や和歌には随分助けられたけど、やっぱり僕には小説と詩が面白い。
どうも頭の中には、音楽を気持ち良く感じる回路とか、活字を快感に変換する回路が、複雑なネットワークで構成されていて、その回路が、音楽や言葉に自動的に反応するようになっている気がするし、その回路はどこまでも成長させていくことが出来る気がする。でも、その回路は壊れやすい。何かのきっかけで、身体が音楽を拒否し始めたり、活字に何の面白みも感じなくなることもあるのだと、僕は身を以て知った気がする。僕は物心付いたときから、毎日毎日本を読んでいたし、音楽漬けみたいになるのは少し遅くて、しかし10歳でやっと音楽に嵌まってからは、音楽を聴かない日は無かったくらいなのだけど、10年前から、とにかく鬱としか言えない状態で、来る日も来る日も自殺しか考えられないような年月が続いて、音楽は雑音にしか聞こえなかったし、本を読んでも、何が面白いのか、全く分からなかった。でもこの頃、その脳内の、文学と、音楽の回路が復活している気がする。理屈抜きで音楽と本が楽しい。

今日は、神経の昂ぶりを抑えるのに時間が掛かった。昨日の朝から眠っていないのに、一日中知恵熱みたいになっていて、頭が火照って仕方がなかった。夜、きちんと両親と夕食を食べようと思って、一緒に焼き肉を食べた。少しお酒を飲んだら神経が穏やかになるかと思って、ビールを何杯か飲んだら、逆効果で、何も手に付かなくて、意味も無く部屋をうろうろして、本棚の整理をしたりしていた。静かな音楽は、まどろっこしくて聴いていられないし、うるさい音楽を聴くと、一緒に大声で歌いたい衝動を抑えられない感じだ。
それにしても、録音した自分の声を聴くと、いつも消え入りたくなる。何ておぞましい声だ、と思う。

日付が替わる前、少し落ち着いてくる。

まだまだ感情も、言語力も、鈍磨したままだ。でも、この頃、精神の調子が良くなってきているのを実感する。本が読めるようになると、読めない、ってどういうことか、逆に分からなくなる。音楽も、いろんな音楽が、それぞれに面白い。

僕は良くなっていく。僕はシンプルな僕自身になる。もうお酒や薬で酩酊するのはやめた。頭を使いまくっていこう。僕は、僕を取り戻すんだ。そして、未だ行ったことのない、言語と音の、先の先へ、始めて到達するんだ。不治の病で、来年まで生きられない僕に外出許可が出て、久しぶりに僕の部屋に入り、ゆっくりと、急いで身辺整理をする時みたいに生きていたい。実際、人生とはいつもそういう状況なのだから。

雨の音が美しい。束の間の生。僕は退屈だけはしちゃいない。冷めてだけはいない。死なない限りは、絶対良くなっていくんだ。