3月に書いたメモ(1)

大きく息を吐く。何だっていいんだ、という超俗的で、反社会的かもしれない遺伝子が、僕の中で疼いている。僕は自由に生きていいんだ。もしかしたら、楽しく生きられるかもしれない。はみ出ててもいいし、変則的でもいい。人と人の間にある、言葉にならない優しさ。人を殺さないこと。物を盗んだりとか、悪いことをしないこと。本当のルールって、それくらいなものなんじゃないだろうか、と思う。分裂していていいんだ。僕は型に嵌まりたかった。型は、知っているに越したことはない。ギターには、みんなが一般的に使う、スタンダード・チューニングがある。スタンダード・チューニングを基本にして、ギターの技術は大体成り立っている。昔、僕は基本というものがどうしても信じられなかったので、殆ど変則チューニングにしか興味が無かった。それがいつしか、今度は変則チューニングにするのが不安になっていた。変則チューニングばかり使うソニック・ユースを聴いていると、軽く動揺したし、あまり一般的ではないギターを使っているギタリストのギターを聴くのでさえ苦痛になってきた。ホワイト・ストライプスのギターの音は、プラスチック製のギターの音なんだ、って思うと、何だか特別視してしまっていた。僕は昔、本当に型に嵌まれなくて、それは自由な思考が出来る、という意味ではなく、単に、言ってみれば頭が悪くて、自然な態度を身に付けることが異様に難しいと思っていた。基本、正しいとされていること、ルール、というものが信じられなかった。世界に、正しいことなんて、本当は何ひとつ無いんじゃないかと感じていた。よく、基本を熟知して、基本を忘れろ、と言ったり、いつも基本に立ち返るべきだ、と言われているけれど、簡単そうで、それは本当に難しい言葉だと思う。基本は要するに誰でも身に付けられることで、そこに個性は無い、と不安になる。基本から外れていると、自分を見失うし、自分が本当にまともなのかと不安になる。だから、最初はどうしても基本を軽視しがちだったり、自分に自信が無くなると、今度は基本に閉じこもって、そこから一歩も出られなくなってしまったりする。

消えていくんだ。消えていけるんだ、と思う。死や消失について考えると身体が軽くなる。世界全体が名前の無い深い森に包まれたように。ビル群は絶え間なく死んでいく。人間が死に絶えた世界を思う。電線から赤い電子の血が流れ出している。その中で灰色の僕は、死ぬことさえ出来ない。僕は死を知らない。知っていた気もするんだ。消えるなら、綺麗に消えていきたい。誰もいない空に掻き消えて行きたい。消えることは一番気持ちいいこと。僕が重量を保持し、存在していることが、苦しみの唯一の理由。文化の中で、誰も孤立出来ない。誰も、もう孤島に住むことは出来ない。

我々は宇宙に、世界に属しているのだろうか? 私たちは、地面に降り立つことができない。地面もまた、空なのだから。

生きていることは、不断に言葉と戦うことだ。自由に言葉を使うことは、自由に生きること。「壁」という一語が僕の脳で起こると、それは流れ出すことなく、腹痛のように僕の中に留まる。僕の煙った頭の中で、僕は何処にいるんだろう? 孤独。孤独とは足を持たないこと。少しずつ消えていくだけが至高。薬理作用で霞んだ頭で考える。僕が他人の中で生きていることは、他人と同じ地面に住み、他人と大抵同じものを美味しいと思い、ピントが合っていると思い合った世界で、同じ風に見えていると信じ合った世界で、「それは辛いね」とか「その服いいね」とか言い合っているだけのことで、でも、少し自分が信じている前提を疑ってみれば、本当はみんな白と黒との幽霊でしかない。思想だって前提あってのただの言葉だ。僕は、拠り所の無い言葉を書きたい。

最近、とても言葉が好きだ。言葉が長年怖かったのは何故だろう? 多分、言葉を完全に社会的ツールとして捉えてて、言葉に接するたびに社会的不安に囚われていたからだと思うんだけど、言葉にひんやりとした拡がりを感じる。ひっそりと訪れる夜の、静かな独り言みたいだと思う。膨大な数の本の並んだ書庫が欲しいと思ったりする。言葉の魅惑って何だろう? 何もかもを、出来うる限り、言葉で表現したいと思う。言葉を敵視したこともあった。言葉にしてしまうことが、世界を固定化し、狭めているのだと。でも、それは違っていた。言葉は、世界を拡げてくれる。言葉って、当たり前のように使っているから気付かないけれど、本当は何なのだか分からないものだ。分かったつもりになり過ぎていると、言葉は僕を拘束する。言葉から自由になろうと思っても、言葉は消えてくれない。完全な沈黙の中で生きるのでないかぎり、言葉を捨てたって、言葉が貧弱になって、言葉が面白くなくなって、そして生きていくことが面白くなくなるだけだ。

あくまで言葉を書くとは、言葉を書くことだ。自由に言葉を使うこと。日常的文脈に囚われずに。自由に書くこと。でも、多分、それがきっと、一番難しい。一日中、言葉と遊んでいたい。

何も要らない。身体だけあれば。身体だって本当は要らないかもしれない。

真理を知りたくて、同時に、人の心の、現代的な寂しさを感じていたい。

僕たちは皆、足場を持たない。特定の視座を持てない。

言葉は自然発生した生命のようなものではないと思う。音楽もそう。ある程度までは自然発生しただろうけれど、途中からは独立した道具として明確に意識され、論理的に人間の手が加えられ、発達してきたものだと思う。そのふたつがあるから面白いと思う。時には原始の言語で話すこと。時には洗練された現代の言葉を構築すること。混沌と調和の両方を味方とすること。

言葉ってとても限定されたことしか書けない、不自由な表現手段だ。古文なんかを読んでいるとそれが分かる。現代文は自由だと誰しも思うものかもしれないけれど、それは僕たちが現代文の中にきっちり嵌まって生きているからだ。而して現代文は自由だ。古文も自由。枠内。室内プールの中でも、私たちは大海で泳ぐように自由に游ぶことが出来る。美しい言葉。美しい音楽。それは限定の中に限界の無い宇宙があることを教えてくれる。漢詩なんて、それこそ有限個しか無い漢字を並べただけなのに、読んでいると、甘い、拡い、安らかな上古のせせらぎが、胸の内に流れ込んでくるのを感じる。僕は景色を見ても感動しない。でも景色について書かれた詩を読んで感動する。

薬理作用が程よくきまってくると、何だかこれで、何でもいいような気がしてくる。貰ったベンゾジアゼピン系の睡眠薬が100錠ほどあるので、ちびちび飲んでいる。少し過剰かもしれない。あとは音楽さえあれば完璧な世界だ。

ルールの無い世界。太古にはルールなんて無かった。宇宙は永遠に変わりはしない。変わるのは人間だけだ。

終わる。全ては終わる。

一度、言葉そのものを知りたいと思った。言葉の裏側を知りたいと思った。言葉の無い世界。音楽も絵も無かった世界。昔々のこと。それでも人は幸せだったと思う。現代は言葉に満ち溢れていて、音楽は街に途切れなく鳴っていて、家中の全ての物が、誰かによってデザインされている。僕は画集や写真集が好きだけれど、画集や写真集を見なくても、ネットサーフィンをしていれば、プロが撮った写真や、イラストがすぐさま目に入ってくるし、それに今まさに僕がお茶を飲んでいるマグも、白地にイチゴや、イチゴの葉っぱや花があしらわれていて、とても美しい。本は、本だというだけで、ひとつのアートだと思う。……人間は1万年前までは、文字を持たずに生活していた。日本では、仮名交じり文が一般的になったのは平安時代中期(900年頃)で、公的な文書が仮名交じり文で書かれたのは『古今和歌集(905年~912年頃)』が最初らしい。古今和歌集から30年後くらいに紀貫之によって書かれた『土佐日記(935年)』では、ひらがなで書くのは男らしくないと思ったのか、女が書いた、という体裁を採っている。今の日本語表記には、1120年くらいの歴史しか無い。ちなみにアルファベットが今の26文字になったのは、はっきりとした時期は定かではないけれど、大体500年ほど前のことらしい。日本語は、発音は嫌いだけれど、仮名交じり文は本当に美しいと思う。
もっと、音楽的に生きてみたいなあ。音楽は、言葉より先にあった。

言葉からリズムが失われてはいけない。それから遠くと繋がる可能性。

僕が書きたい言葉は、現代文ではないかもしれない。もちろん僕は現代人なので、現代文を書くのが自然だし、また、そうするつもりだけど、僕が文章の範とするのは、英語やフランス語の小説・詩、それから日本の古文、そしてまた、それらの訳文だ。現代文でも古いものは割と好きだ。中也の詩集は、やはり僕にとって原点にだし、多和田葉子さんの文章や、村上春樹の小説からも、とても大きな影響を受けている。多和田さんや村上春樹の小説は、まさに現在進行形の現代文だけど、既に古典の趣がある。ノーベル賞なんて、まさに、くだらない、文学からはかけ離れた場所にあるものだと思うけれど、半永久的に残る(あるいは残したい)言葉に賞が与えられるとするならば、今生きている日本人で、ノーベル文学賞を与えられそうなのは、多和田さんと村上春樹だけだと思う。僕は現代の日本語で書かれた小説ばかり、雑多に読んできて、多くの本は、今の僕の存在と分かちがたい。

真新しい本が手垢に汚れて古びていくのが好きだ。3年前に酔狂で買った『漢詩名句事典』が、今では段々好きになってきて、僕の大切な、宝物のひとつになっている。不思議なことなのだけど、自律神経がおかしくなって、暑いのか寒いのか分からず、気分が悪く冷や汗が流れるようなとき、漢詩を読むと汗がすーっと引く。お腹が軽くなってくる。どんな薬よりも漢詩が効くというのは不思議なことだ。薬が効くというのは、何となく分かる。

徒然草』で兼行は、人は40歳くらいで死ぬのがいい、と書いていた。かく言う兼行は70歳近くまで生きたらしいが。ひとつの目途として、40歳で、.357マグナム弾を5発装填出来るリヴォルヴァー(Ruger SP101)を買って、軽々と頭を撃ち抜きたい、と思っている。けれど、7年間は慌ただしく過ぎ去ってしまうだろう。人の脳髄は、そして心や魂は衰えない。知りたいのは真善美妙俗。それから、人の感情。喜怒哀楽愛悪。世界を知るのに、人を知るのに、7年では少な過ぎるだろう。50歳でも短過ぎるかもしれない。と言って、繰り返すけれど、早死にはまったく構わないんだ。早死にと言うには、もう既に長く生き過ぎた。僕は音楽と言葉を、そして世界を、人を愛している。もう少し、もっと、少しだけ、知りたい。100歳まで生きられれば、どんなに多くの勉強が出来るだろう。どんなに多くの仕事が出来て、創作が出来るだろう。人間の一生なんて短くて、浜辺の一粒の砂にも値しないのが、人のひとりの一生なのだろうけれど、それでも、生きて、仕事を通して、何かを達成することは、美しいことだと思う。自殺は、悲しいことだ。確かに世界は空虚だ。何の拠り所も無く、本当のところ、生きる意味なんてない(けれど、自殺する人は、少なくとも「死ねる」という可能性については、疑いを差し挟んでいない。自殺…死ねることを信じられることは、実は日常的な意識に根差している。本当に暗く、疑い深い心は、自分が死ぬということさえ信じられない。自殺を、苦悶からの解放だとは思えない。宇宙は苦悶に満ちていて、仮に自分が死んだとしても、苦悶の感情は消えないとしか思えない。暗い心にとって、自殺は憂鬱な時間、息苦しい眠りに就くことと、何ら変わらない)。「意味」というのは近世の発明だ。意味なんて無くていい。燃えて、そのまま死んでしまえばいいじゃないかと思う。

「意味」という言葉はいつ出来たのだろう? 万葉集を読んでいると、首を吊ったり、入水したりして死ぬ人が出てくる。いつから人類は自殺をしていたのだろう? 初めて自殺した人は誰なのだろう?