日記

2月20日(土)、
活字の海に溺れていきたい。日本語と、英語の海へ。フランス語も、出来ればがんばりたいと思うんだ。たくさんの国の海に行ける方が素敵だから。心の底には誰しも、魔法の国があって、明るい、暗黒領域があると思うんだ。

いまだに死にたさが訪れることはあって、やはり次は飛び降りだろうか、と思ってしまったりする。薬でふらふらなら飛び降りられるかもしれない、と思う。けれど、そんな気持ちが出来るなら起こって欲しくはなくて、自然に死ぬまでは、生きていきたい、という気持ちもある。意志としては、生きていきたいつもりなんだ。無意味、空虚、何をやっても実感が無い。でも、時々そこを抜け出せる。

最近僕は、具体的に、井筒俊彦さんが書くような世界に行くにはどうすればいいか考えていて、その鍵は、あくまで僕は僕自身として生きていることにあるのではないか、と思う。誰かより偉い訳でも、劣っている訳でもない。ただの僕自身。

(綺麗に、完璧に、透明に、いなくなるんだ。そう、私は思った。家を引き払いたい。引き払ったお金と、少しの貯金で、……。今ここにあるのは私の身体だけ。雨音が私を包んでくれているかもしれない。ヘッドホンの中の世界は、外界とは無干渉な、私だけのシェルター。壁に血の跡がある。自傷の思い出は透明だけど、血はべたついて、私は私の間違った歴史を修正することが出来ないような苛立ちを、血の跡に対して、いつも感じていた。その血の跡は、今は無愛想なカレンダーで隠してある。)

僕が、僕自身であること。それだけでいい。何も大仰なことを知らなくてもいい。

日本語。英語。フランス語。ドーパミンセロトニン、エンドルフィン。ただ、あるがままに「ある」があって、それだけだ。

僕にとって、死はとても懐かしいものだ。

ただ、生きているだけの緻密な日々。

ただ、一秒一秒を生きていきたい。
僕には経験が足りなすぎる。濃密な、忘れがたない時間も、あるにはあった。
でもここ数年は、鬱で、ひどく疲れてて、ほとんどぐるぐる暗く煩悶していた記憶しか無い。

午前4時、眠れない。お腹が空いたので、カップヌードルとご飯を食べる。

一日中、寝苦しいような気分でいる。

夜は焼き肉を食べる。ビールを飲む。酔って、少し寝てしまう。

 

2月21日(日)、
昨日から現代詩フォーラムで道草次郎さんの詩を読みまくってる。自分の人生に密接している詩が好きで、そしてそこから一瞬の天国を垣間見るような言葉が好きだ。既に全部読んでいるとは言え、もう一度読むと新しい発見があって楽しい。しかしこんなにたくさん詩を書かれていたとは気付かなかった。僕は詩を書いても封印していることが多いのだけれど、それにしてもこんなにたくさんは書けない。ビョークを聴きながら夜の部屋で、ちまちま読んでいます。

午前5時、全部読み終えた。非常に、僕も何か書きたくなった。

午後1時、朝から眠ろうと思いつつ、どうにも寝苦しくてよくない。ここ数日、少し不眠気味かもしれない。

午後4時、眠いのか眠くないのかよく分からない。春めいたいいにおいがする。眠れないので、ボブ・ディランを聴きながら、一緒に歌っている。この頃、身体全体で言葉になれたり、心を込めてギターを弾いたり、歌を歌うのではなくて、歌そのものになる、というのが、どういうことなのか、少し分かってきた気がする。でも、それを実践するのはとても難しい。とても簡単だと言うことも出来るけれど。技術も足りない。でも、今、僕は僕だ、という感触を、段々思い出しかけていて、それはずっと昔、失ったものだった。僕は僕なりに、自分の中のいろんな感情を、とても暗いものから醜いものも含めて知ってきたと思う。今は、今まで経験した全てが、僕にとっては、ひとつも無駄じゃなかった、というか、全ての傷や皺や喜びや嘘や、罪悪感や自己嫌悪も引っくるめて、今ここに自分がいる、という感じがする。
昔、僕は確かに僕だった。歌うときは歌うことに、書くときは書くことに、全てを懸けることが出来た。技術力はとても低かったけれど。音楽の世界。言葉の世界。僕が僕であれる世界。全ての人が生きている世界。全てを愛せる場所。またそこに行けるかもしれない。

午後9時、夕食はタラのムニエルと味噌汁とご飯。この頃、父も母も穏やかだ。僕の心が凪いできたのは、両親のおかげでもあるかもしれない。心、というのか、ぐちゃぐちゃな考えが頭を支配しなくなってきた。何故か身体は、ストレスを感じている。血圧がとても高いのを感じる。でも血圧が高い方が頭も身体もよく働く気がする。それとも、順序が逆で、血圧が高くなったから、ストレスを感じるのだろうか? 母も高血圧で、僕も母も、高いときには200くらいある。副腎皮質ホルモンだったか、何だったか忘れたけれど、精神と言うよりは、内臓の異常らしい。僕は過去二度の検診で、二回とも不整脈を指摘されて、総合病院に行ったことがあるのだけど、異常は無くて、多分ストレスでしょう、と言われた。それはともかく、血圧っておそらく個人ごとに適正値があって、僕は多少高い方が楽だ。緊張感は強まるのだけど、その代わり、とても目が覚める。軽くハイになる。

午後11時、ずっとジョイ・ディヴィジョンを聴いている。自分の心を整理したら、またそれをばらばらにして、心が自然な形を取るのを待つこと。

あまり眠っていないけれど、眠くはならない。もっともっと、一心になりたい。