『世界が歌であったなら』のためのメモ

僕は、僕なりには、苦しい年月を過ごしてきたと思います。
今は、人生は、誰にとっても、決して楽なものではない、と思えてなりません。
昔は、自分だけが辛いのだ、とばかり思っていました。
真剣に砂遊びをする子供同士みたいに、人と人とが自然な距離で、
いがみ合うことも、嘘を吐き合うこともなく、
親密にいられたら、どんなにいいだろう、と思います。
競うことも、争うこともなく、不安も、恐怖もない世界がきっとあると思います。
音楽、そして詩や小説に、その世界の片鱗を見ます。
歌は、人生の一部なのではなく、まして娯楽などではなく、
本当は歌こそが人生なのだ、とよく思います。
人生や、世界は、ゲームでも暇つぶしでもなく、音楽のようなものだと思います。
世界を解析するのではなく、戦うのではなく、ただ音楽を感じて、歌うように、奏でるように生きること。
文字通りの意味においても、僕は、音楽と言葉を信じています。
世界が歌であったなら。僕はそう願い続けます。
僕にとっては、全ては音楽です。それはただただ流れ、
そこには意味が無く、またそれ自体が意味あるものとして、
感情を乗せて、身体を乗せて、流れ、流れ続けます。
僕はただ流れに流れ、流れを泳ぎ、歌い、奏で続けます。
そしてまた、いつかの砂場であなたに会えたなら、
何にも言わず、同じ陽差しの下で、ふたり同士懸命に遊んでいましょう。
そしてそれにも飽きたなら、ふいに夢から覚めたみたいに、少し微笑み合って、
めいめいのお家に帰りましょう。
そんな世界に歌を感じます。
世界が歌であったなら。そう、僕は願っているのです。