日記

2月13日(土)、
午前2時、何にも面白くなくなる。

アニー・フィッシャーが弾くベートーヴェンピアノソナタは、僕の宝物みたいな音楽だ。

午前3時、菜の花の漬物でご飯を食べる。

一日中、ぼんやりとした不安が身体から離れなかった。集中力が湧いてこない。

 

2月14日(日)、
昨日は一日中、どういう訳か、得体の知れない不安に苛まれていて、ほぼ何ひとつ書けなかったし、読書も出来なかった。ただ音楽だけは聴けたから(何て幸せなこと!)、ずっとヘッドホンを付けて、ロックとかジャズとかテクノとかクラシックを聴いて、じっと踞っていた。

僕はときどき、まだ今は本当にときどきだけど、人のことが気にならなくなる。心の中に、静かな場所が出来てきたみたいだ。

僕にとっては友人の存在はものすごく大きくて、僕は多分メンヘラだったし、けれど、自傷しまくったりODを重ねる僕を、彼が何にも言わずに、でも静かに見守っていてくれたから、僕は僕なりに、安定した心を身に付けてこられた、と思う。

ともかく、日本ではどこのスタジオでも使われているらしくて、日本のミュージシャンのスタジオライブなどを見ると、必ずと言っていいくらい付けている、SONYMDR-CD900STが、昔から、やはり少し気になってはいるのだけど、audio-technicaが気に入りすぎて、買うのをずっと躊躇っている。あと、SONYのヘッドホンは、海外ではMDR-7506の方が主流らしくて、サウンドハウスの説明によれば、ジョージ・ルーカスも映画のサウンド・チェックに使っているらしい。audio-technicaのATH-M50xの海外での人気は、圧倒的で、Amazonでは22638件という、膨大な数のレビューが書かれている。サウンドハウスの説明では、ATH-M50xはフラットな音、と書かれているのだけど、AKGのヘッドホンと比較してみると、かなりビート感重視のヘッドホンだと思うし、他のブログやサイトでも、イギリスやアメリカでは、リズムやビートがすごく重視されるから、SONYよりaudio-technicaが好まれる、と読んだことがある。解像度やフラットさ重視なら、AKGの方がずっと優れていると思う。ただし、かなり分厚いイヤーパッドを装着したときのaudio-technicaのヘッドホンのクリアさや装着感は、個人的には、AKGを上回っていたと思う。イヤーパッドを、純正品の厚さに近いYAXIに換えてからは、とにかく第一にリズムが気持ちいい。でもピアノにもかなり合っていて、つまり中高音域の鳴りの良さも兼ね備えている。そう言えばイヤーパッドを換えてから一度もオーケストラを聴いていなかった、と思って、今ベートーヴェン交響曲第6番を聴いてみているのだけど、やはり音像の広さや解像度という点では厚めのイヤーパッドを使った方がいいと思う。AKGのヘッドホンを一時期使っていて、楽器のアコースティック感や、壮大さや透明感、オーケストラの一つ一つの楽器の聞こえやすさには、驚いた。ただこの前も書いたけれど、僕は狭い空間を感じるような音が好きなので、オーケストラにしても、audio-technicaで聴くのが好きだと思うし、くっきりさには欠けるにしても、低音から高音までのバランスは素晴らしく良くて、何より、音が甘く優しく柔らかく暖かく、やや濃くて心地いい重みのある、稠密な感じのaudio-technicaの音が大好きだ。濃いめの温かいカルピスみたいな、いつもとても懐かしい感じのする音。
あと、ATH-M50xの本当に良い点は、ケーブルを交換出来るところだ。前のヘッドホンも、ケーブルが断線したので買い換えた。SONYのヘッドホンはケーブル交換が出来ない。イヤーパッドにもいろんな選択肢があって、ぼろくなってきたらすぐ交換出来るし、いろんな音を楽しめる。おそらく、純正のイヤーパッドよりも、YAXIの方がいい気がしてならない。純正品がどんなだったから思い出せないので、はっきりしたことは言えないのだけど。

午前8時、一晩中音楽を聴いていた。音楽にとってリズムって、とっても大事なものかもしれない、という内容の散文(『リズムのこと』『身体感覚のこと』)を書いたのだけど、途中で、ひどく憂鬱になってしまって、中途半端になってしまった。例えば、文章を書くときには、タイピングすることの気持ちよさが、かなり助けになってくれていると思うのだけど、そのことも書けなかった。よく東プレのキーボードの打鍵感が至上だ、と言われていて、僕も東プレのキーボードを2台持っていたけれど、個人的にはmouseのノートパソコンの打鍵感の方が気持ちいいし、速く打てる。タイピングすること自体の楽しさが、書くことのモチベーションに繋がることって、けっこうあると思う。

午前10時、コロッケを1つと、冷凍のスパゲティを食べた。海老クリーム味。

午後8時、また徹夜したまま、ずっと起きてる。眠ろうとすると目が覚めてしまう。ここ数日の音楽の楽しさは格別だし、読書もどんどん面白くなってきている。

午後9時、人の中で生きること。同時に、完璧にひとりの時間を確保すること。

午後11時半、鮭とキャベツの卵とじとご飯を食べる。

今、興味があること。全てが消えていくこと。記憶。身体のこと。言葉。音楽。
何て、神秘に満ちていて、不思議な世界なんだろう。

ああ、明日も楽しい一日になりますよう。