日記

2月5日(金)、
午前0時半、知り合いに貰ったジアゼパムを4錠飲む。チルアウトが効いているのかいないのか。寒いのに冷や汗が止まらない。お腹の調子もひどく悪い。

僕は自分自身が完璧だと思える言葉を書きたい。自分自身で納得出来ないのに、人には認めて貰おうなんて、かなり倒錯した感情だと思う。いつか自分の全力が発揮出来たら、多分それだけでも完全に僕は満足だろうし、またおそらくそれで出来たものは評価を得られるだろうと思う。

今日で4日連続、『イノセンス』を見ている。日本語では多分、もしかしたら100回くらい見て、ほぼ台詞を覚えているので、英語で見ている。Netflixでもそうなんだけど、英語でアニメを見られるのは、かなり便利で、けっこう勉強になるのではないかと思う。

午前1時、不穏な感じが収まる。ジアゼパムが効いたのかな? それともチルアウトの効果が出てきたんだろうか? ある種の(リラックスした?)気分に陥ると、いつも思うのだけど、苦しみがあったり、恐怖している人は幸せだと思う。普段の僕の苦痛も、得難いものだと思う。それはもちろん、今僕がその状況にいないから言えることでもあるのだけど。おそらく人間だけが、生きることに非常に難儀している。何かしら、一生懸命に一生生きていくことには意味があるのではないだろうか? もしかしたら、無意味かもしれない。でも、僕には無意味だとは思えない。人たちが生きていること。それは本当に、本当に、、、何だろう?、愛らしいでもないし、愛おしいでもないし、何か祈りたくなるような、泣きたくなるような光景だと思う。

午前1時半、のんのんびより(のんすとっぷ)を、音は消して映像だけ見てる。のんのんびよりは一期から大好きで、なのにあまり人に勧めても芳しい反応を受けたことがない。キャラの声と絵柄が、あまりに萌えアニメみたいだからかなあ? 映像がとにかく美しいのが一番好きな理由なんだけど、風景の移り変わりに、わけもなく悲しくなる感じだ。ストーリーもいつも何気なくもの悲しくて好きだけれど、中身は実はそれほど覚えていない。風景に自然に溶け合うような、淡い、優しい話が多くて、僕はキャラの中では夏海が一番好きだ。ぶっきらぼうで適当な感じだけれど、人が泣いていたら、自分も悲しくなって、でもその悲しさを隠している感じ、が好き。(「悲」の字の多い文章だ。アニメ自体は全然悲しくないのに、何故だろう?)

午前3時、英語と友達になりたいな。フランス語でも韓国語でも、何もかもが僕の部屋の空気の中を流れている。

午後5時、不思議と、生きようと思って、詩を書く(『泳げない足のままで』)。誰とも接触せずに生きていきたい、という気持ちと、人たちの中で生きたいという気持ちがあって、ずっとそのふたつの気持ちを、両立させることが出来なかった。極端に引きこもろう、と思ったり、もっともっと人に会わなくちゃならない、と思ったり。でも静かな夜の中で、今僕はひとり部屋の中にいて、それで人が好きなら、それでいいじゃないか、と思う。会いたいときは人に会って、その時はその時だけを、人と一緒に会話したり緊張したりして過ごしたらいい。

午前6時、英語をがんばろうと思うんだ。がんばろう、というか英語が好きだ。ボブ・ディランを18歳のときから聴いているけれど(ガンズ・アンド・ローゼズの『Nockin' on Heaven's Door』のカバーでディランを知った)、あまりうまく、ディランの歌声に親近感を感じることが出来ずにいたのだけど、この頃どうした訳か、ディランのヴォーカルが大好きだ。ディランの歌詞集とギター・コード集を持っている。歌いたいのだけど、けっこう歌詞が難解なのと、早口で発音しにくい部分が多くて、難しいし、今、アコースティック・ギターが不調で(音がすごくビビる)、弾き語りをするには、新しいアコースティック・ギターが欲しいな、と思っていて、それでも結構多くの曲を、歌詞とにらめっこしながらだと、歌えるようになってきた。エレキ・ギターをアンプに繋いで弾き語りをするのも、なかなか気持ち良くて好きだ。もともと、僕は高音のヴォーカルが好きな傾向にあって(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドルー・リード)はすごく低いけれど、それは少ない例外)、僕自身高い声で歌いたい歌いたいと、無理し続けていたんだけど、最近は高音域もいいけれど、中音域にも魅力を感じるようになってきた。ディランの歌は、英語がとても生きている感じがする。英語が少しずつ分かってくるにつれて、ディランの歌の魅力がさらによく分かってきた、という面もあるのだけど、よく聴いていると、ディランの歌って、すごくポップでメロディアスなんだよね。ディランは少しだけ聴くと、あまり感情移入しにくい感じだと思うのだけど、いろいろなアルバムを通して聴いていると、近しい知り合いのように、ディランの声に親しみを感じるようになってきた。英語の中を自由に泳ぎたい。自由に自由に、言葉の中を泳ぎたい。

午前8時、ともかく、起きていて、出来ることは、出来る限り勉強して、努力して、出来ればいろんな経験をしていくことくらいなんだ。人と話したりとか、あるいは落ち込んだりとか、考えることをやめたり、あるいはすごく考えたりとか。努力しようと思うんだ。ともかくも、今はそう思うことが出来る。

焼き鳥の缶詰めとご飯とコロッケを食べる。詩を書いたよ、って母に見せたら「まあ、普通」とのこと。むぅ、もっともっといい詩が書けると思う。

午前11時、とても不安になる。生きていけるのかな。けれど心の芯がぽっきり折れてしまう程ではない。生命力は、少しは強くなっていると思う。安定した心で過ごして行きたい。

午後3時、納豆を2パック食べる。ご飯は無かった。不安はやや収まる。

午後4時半、インスタントラーメンに卵とキャベツを入れて食べる。

午後8時、リラックスしているというより、無性に眠い。そう言えば一昨日の昼から眠っていないんだった。2日連続で徹夜している。今朝を除いて、軽く緊張していて、少し不安だったので、横になっても眠れなかった。今、急に身体の疲れを感じてもいて、どうしようかと思ってる。

午後11時、さすがに眠たい。キムチと納豆と明太子でご飯を食べた。眠くてふらふらする。今日は気分の波の激しい日だった。もう少し安定したいな。明日はもうちょっと集中していたい。