日記

1月11日(月)、
0時半、眠れない。何もする気になれない。

ああ、どんなときにでも熱量を。

2時半、眠れなくて寿司打を何回かした。またぴったり897回叩けた。900回くらいはすぐ行けるかもしれないし、伸び悩むかもしれない。明らかにデスクトップのパソコンを使っていた頃(去年の12月15日まで)よりキーを打つのが速くなっていて、mouseのパソコンでは、指と心とキーボードが一体化している感覚に近付けている。デスクトップのパソコンに東プレのキーボードを繋いでいたときの、お寿司の最高記録は819回で、大分とてとて打っている感覚があった。東プレのキーボードは叩いてて気持ちいいし、けっこう、速く打てると評判なのだけど、やっぱりノートパソコンのキーボードで、撫でるように打つ方が、僕には速いみたいだ。あるいはmouseのパソコンを最強の武器にしようという心意気が強いのか。まだ、無意識にすらすら叩けるまでにはなっていない。お寿司で1000回はどうしても行きたいな。全く無意識で書いていた頃の打鍵の感覚にはまだ遠い。滑らかに打ちたいな。

午前8時半、何もせずに起きていた。眠気が訪れない。焦燥感ばかりが激しい。
キムチと納豆でご飯を食べる。

午前9時半、少し人心地が付いてくる。
ガリガリ君のレーズンバターサンド味という奇妙なのがあったので食べる。まあまあ美味しい。

正午、食パンを食べる。まあまあ目が覚めてくる。

どうしたことか急に、初期のビートルズも好きになってきた。ロックンロールが細胞核を震わせるみたい。エルヴィス・プレスリーチャック・ベリーもとてもいいと感じられるようになった。

昼、ミンガスを聴きながら英語の勉強。ときどき読書もする。満ち足りた時間だ。

わくわくする気持ち、熱量を忘れたくない。

夜、カップ麺を食べる。

生きている振りが出来ているだろうか? 希薄な生を抜け出せるだろうか?

今日は本を2冊読んだ。多和田葉子さんの『献灯使』と、太宰の『斜陽』。

 

1月12(火)、
昼頃起きる。カップ焼きそばを食べる。

夜、両親と鍋を食べる。鍋というか、鍋の中で茹でられたものを食べる。この頃、あまり生きていると感じられない。ずっとそうだった気もするけれど。多分、僕は、いろいろなことを両親にも分かってもらおうと、甘えていたのだろうと思う。今は、悩むのは、ひとりでいるときだけにしようと思う。とても疲れている。目の前にあるものが現実なのか、錯覚なのか分からないけれど、どちらでも同じことなのだと思っている。人が人形に見えるなら、人形を思いっ切り愛すればいい。

 

1月13日(水)、
朝、7時半。ずっと起きている。寂しいような。混乱しているような。

朝食は納豆とご飯。

昼、12時半。パピコを食べる。

全然、何に対してもやる気が湧かない。死んでも別に構わないと思う。
コンビニの安いとろろそばが無性に食べたい。

午後4時、いろいろ食べる。食パンにチーズを乗せて焼いたのと、フルーツグラノーラに豆乳をかけたのと、豆腐に塩昆布とごま油をかけたのをふたつ。食べると身体がぽかぽかして、眠くなってきた。

午後8時半、昨日の昼から起きているけれど、頭はまあまあ目覚めている。もっともっと、読書と勉強の時間を増やしたい。不安で腕を切るしか無いような時間を減らしたい。情熱。内側から湧いてくる力が欲しい。

午後11時、レトルトのハヤシライスを食べる。
今日は、まあまあ実り多い一日。夕方からは読書もしたし、勉強もした。それに、かなり自分に感情が戻ってきたのを感じる。感情がとても希薄な時間も長くあるけれど、毎日、成長していきたいな、と思える時間が増えてきた。

明日はいい日になりそうな予感がする。