日記

12月24日(木)、
午前0時、眠いのに眠れなくて、頭の中にカルシウムが吸収されていくような、眠るというより段々頭が悪くなっていくような、とても寝苦しい状態でいて、そうしていると母が部屋に来て、焼きおにぎりを食べるかと訊くので、首だけ横に振って答えた。母が来たときにちょうど睡りに落ちるところだったので、再び眠るのがとても難しくなってしまった。

昨日はキーボードを55000回も叩いていた。けっこう書いたし、寿司打を何度もしたからだ。mouseのパソコンのキーボードを一週間で、もう20万回近く叩いている。この状態で新品に交換して貰えるのは有り難い。マウスコンピューターの方には申し訳ないと考えるけれど、それだけこのパソコンが好きだということだから、あまり良心は咎めない。都合のいい考えだろうか? 昨日今日は少し楽しい。

眠れないので、この頃全然飲んでいなかったワインをコップに入れてきて飲んでいる。メルシャンの安い安い赤ワイン。ほとんど葡萄ジュースのような、腐った葡萄の絞りかすのような味。なかなか美味しい。安っぽくて、偽物みたいで。昔僕はワインセラーが欲しかったな、ということを思い出す。ワインでソラナックスを2錠飲む。良い感じに目が覚めてくる。脳が死んで、脳幹だけが冴えている感じ。何だか適当な感じになって、サイレースも飲む。

また寿司打をした。832回。また新記録だ。

午前3時、ブログの整理をしていた。じゃんじゃん記事を消してる。眠くなってきた。お腹が減ったので、台所に行って、焼きおにぎりとキムチらっきょうを食べる。それから冷蔵庫の中に美味しそうなわらび餅があったので食べる。美味しい。それから、チョコレートケーキがあったので、三角定規くらいの大きさに切ったのをふたつ食べる。

午後3時半、歯を磨いて眠ろうと思う。

午前7時前、何度も目が覚めるので、起きていることにした。

朝、あまり食欲がないので、母が入れてくれたコーヒーを飲んで、残りのチョコレートケーキを食べる。母は毎日、父が仕事に行ってから昼過ぎまで寝てる。父が帰ってくる前に起き出して、食器を洗ったりして、父が帰ってくると、父が台所に居座っているので、父の相手をして過ごす。父が寝室に上がるのはいつもとても遅いので、それから、日付が替わる頃くらいからが母のひとりの時間なのだけど、その間はうたた寝したり、スマートフォンでニュースサイトを見たりして過ごしてて、それから2時くらいに寝てる。で、朝起きて、眠いので、また昼に眠る、という生活を何年も続けている。だから、書く時間が無い、と言っている。母は何か書きたいと、ずっと言ってて、僕も早く書けと言っているのだけど。難しいことだ。

午後3時、納豆とキムチらっきょうでと奈良漬けでご飯を食べる。何だか粗食だ。カレンダーの文字でさえ面白い。

時間って何なんだろう? 時間は過ぎていく。本当に、時間って何なのだろう? 時間の無い世界を僕は考えられない。

行けるところまで行けそうだと思う。自分の全能力と才能を集中して。もちろん、人より才能があるかどうかなんてことはどうだっていいし、分かるはずもない。ただ、才能とは、その人が生きている、ということなんだと思う。個性と言い換えてもいい。自分、自意識を本当の意味で捨てられたらいい。自分をスポイルすることではなく。

午後4時40分、少し眠くなったので横になる。6時前にすっきり目覚める。でもやっぱりまだ眠くて、眠ろうかな、と思ったら、父がプリンターを貸してくれ、というので、父の部屋にプリンターを持っていった。年賀状の印刷をするのだそうだ。

夜はまた唐揚げを食べる。お酒も飲む。眠くて眠くて、9時頃には眠ってしまう。

 

12月25日(金)、
朝、6時前に起きる。やっぱり寒い。朝はいつもテンション低いなあ。ノートパソコンがハードディスクじゃなくてSSDというのに代わってから、パソコンが全然発熱しなくて、キーボードがいつまで経っても冷たい。真ん中の方だけ、少し温かい。SSDはディスクが回る音もしないし、換気音もほとんど無いし、消費電力も少ないし、ほぼいいことずくめなんだけど、唯一の弱点は、少しずつ劣化して、その内いつか書き込みが出来なくなることらしい。とは言っても、5年とか10年は保つだろうし、それだけ保てば、次にはもっといいSSDとか他のメモリ(?)が出来ているだろうから、何も困ることがない。

朝食はコロッケとらっきょうと奈良漬けとご飯。しばらくYouTubeでギターの演奏動画を見て過ごす。ボブ・ディランが『イエスタデイ』を歌っているレアな音源を見付けた。『イエスタデイ』って、かなり歌いにくい歌だと思う。ディランは大分キーを下げて歌っていた。しかもギターを弾いているのはジョージ・ハリスンだ。ジョージって、いろんな人と仲良しなイメージがある。

調子が出ないのでまた寿司打をしていた。835回。新記録だ。でもまだ、全然滑らかに打てている気がしない。1000回くらいは行けると思う。流れるように打つ感覚が戻っていない。……あと何回かやったら844回打てた。

いい加減髪を切らないとな。ちょうど一年美容室に行っていない。かなり短く切っていたのだけど、さすがに伸びた。髪が長い方が落ち着くけれど、ときどき煩わしい。ヘッドホンを付けるときとか、食事のときとかに。

正午。しばらくギターを弾く。僕のテレキャスターはちょうど3.3kgで、撫でたくなるほど僕の身体にぴったりだ。

昼、お腹が空いたので、冷凍のスパゲティ(和風きのこ味)を食べる。なかなか美味しい。一日二食でいいなら、その方が楽でいいんだけど。朝と夜だけ。

ここ数日ずっとジミ・ヘンドリックスを聴いていたのだけど、今日は少し気が変わって、グレン・グールドを聴いている。グールドは感傷家なのかなあ? とても思い出深い、心の中の、非常に個人的な場所で鳴るピアノの音。グールド以外の誰のピアノ演奏を聴いても、少しよそよそしく感じてしまう。

過去の文章を整理していた。ここ数年、ろくなものを書いていなかったから、削除しまくろう、と思って読み返してみると、確かに、良くはないんだけど、辛いなりに僕はいつも、その時々の本気で書いていて、そのときの自分を無かったことには、今はしたくない、と思った。読みながら、甘い、遠い気持ちになった。けれど、今から完璧に新しい気持ちで書いていきたいし、生きていきたいので、文章や詩をどんどん消すと思うし、それから部屋の中も完璧に整理しようと思う。
過去の文章を読むと甘い感じがする。ある期間を区切りにして、一気にひと昔前がふた昔前になる。12歳までは病気と無縁で、13歳から19歳まではこの世に生きていなかった。ひどく苦しくて漠然とした時代。20歳から23歳までは書きまくって自傷しまくって死にたがってた。24歳から25歳の二年間は何とも言えない。何も書けなくなった。26歳から30歳までは、鬱の底。31歳からは、鬱がやや良くなり始めて、感情や言語力が、ゆっくり、ゆっくり回復してくる。33歳には、なったばかりなのだけど、自分の中に情熱が残っているのを感じる。まだ、33歳が明確な区切りとなるかは分からないのだけど。
それで、20歳から23歳までが、一番頭と感情が働いていた時代で、ちょっと頭がいかれていたのだけど、滅法楽しい時期でもあった。死のうと思っていたけど。大量に文章や詩を書いて、書くことが生きがいだったので、その頃の文章が残っていないのを、いまだにくよくよしている。でも、今は、これからもっといいものを書けばいいや、と思えるくらいにはなっている。

夕食は牛肉の缶詰と奈良漬けとらっきょうとご飯とコロッケ。あんまりろくなものを食べてない気もするけど、元気だからいいや。ごくたまに料理をしたいと思うときがある。まずは調理道具から揃えたいと思ってしまうところが、僕の悪いところなのだろうか? 料理よりも料理の道具が好きなのかもしれない。

今日は朝から母の機嫌が悪そうだ。僕にはどうすることもできない。僕はまあまあ安定してる。あんまり落ち込まずにいたいなあ。

夜はきちんと眠くなる。静かだ。読書と英語の勉強をしてから眠ろうと思う。

おやすみなさい。