ノート(この頃のこと、前々から続くこと)

ニック・ドレイクグレン・グールドの音楽には、とても強い愛着を感じる。僕の生と密接に関連していて、そう、死ぬときにも流していたいような音楽。僕は感傷的な人間なのかもしれない。自分の思い出や懐かしさや、自分自身の感情を超えた場所に、行きたくないという気持ちがある。同時に、それとは矛盾せずに、自分を超えてしまいたい気持ちがある。僕は、和の風景、日本の情緒、というものに全く惹かれない。日本語は、母国語として、考えるため、記述するためのツールとして、身に付けざるを得なかった。外国語で母国語以上に正確に思考することは無理だと、固く信じていた。日本語を完璧に使えないのに、英語なら完璧に使える、という風にはなれないだろう、と思っていた。大分成長が頓挫していたけれど、今からそう遠くない内(数年内)には、僕は日本語を「ある程度」、僕がぎりぎり満足出来る程度には、使えるようになると思う。つまり、日本語で、自分を、僕なりにおそらくこれ以上なく表現出来た、というレベルまで。そしたら僕は、僕の中の基本言語を英語にシフトしようと思う。本当は、ずっとずっと前に、そうするつもりだった。13歳の時、日本語を捨てようと思って、そうしなかったのは、中原中也に出会ったからだ。それ以外の理由はひとつも無い。日本語で中也のように表現出来るなら、日本語も悪くないか、と思った。でも、日本語に一生留まりたいと思ったことは無い。僕は中也のいる場所に行きたい。ニックやグールドのいる場所に行きたい。生きたままで、死にたい。僕は、いなくなりたい。いなくなった、行く先々で、僕は好きな人たちに出会いたい。僕自身に出会いたい。僕の帰ってくる場所は、いつだって日本なんかじゃなかった。

せっかく産まれたんだから、自分の精神の最高の場所を知りたい。訳もなく感動的になることがある。青い、浮遊感。ときどき素晴らしい安息感が訪れる。触れると壊れてしまいそうな孤独。打ち明けると自分が卑屈になりかねない孤独。誰とでも、ただ仲良くしたいだけだ、と思う。それでも嫌われることは多い。本当に多い。人に好かれようとすると、知らず知らず嘘、というか無責任な言葉を使ってしまう。適当に。ずっと友だちだとか、ずっと好きだとか。本当に友だちなら言わなくてもいい言葉。偽らざる自分を自覚することが段々難しくなっていく。本当に書くのが好きなら、ただ書けばいいのだ。自分の心、が人の心と触れ合う感覚。それを無くしていく。自分がやましいから、相手を責めたくもなる。考えを伝えたいんじゃない。約束したいんじゃない。心を伝えたいんだ。けど、心を伝えるって何だろう? 心、心、と考えていると、自分だけが関係性の中でぽつりと浮かんでいて、もう誰ともすれ違うことも出来ない気がする。人が好きだ、という一点において、自分は人との関わりを感じるけれど、その距離はいつもとても遠く感じられる。僕は表面的なのは嫌だ。でも僕も含め、人はやすやすと定型や社交辞令や、外からの考えに嵌まってしまう。みんな好きだなあと思う。優しくありたいと思う。

自分なんてどうだっていいと思う。そう思うんだ。でも、それで自分を悪くしたり、人にとって不快な存在となるまで、自分を貶めたりしたくもない。本当のことを書きたい。誰かにとって僕が悪だろうが、誰かの重荷になっていようが、本当は僕はそんなこと、あまり気にもしていない。考えていない。自分の苦しみ、なんて敢えて問題にしたくもない。生きてるっていいなあと思いたい。僕の遺書を読んだ人が、生きることそのことを悪くなく思っていて欲しい。(本当の、心の底からの気持ち?)知的な興味があるって格好いい? 分からないけど、多分、考えなんて無しに、世界に没入して輝いている人の方がずっと幸せで、他人のことも、きっと幸せに出来る。知的なことに興味があるなら、それにどこまでも入り込んでしまえばいい。世界って、すごーく神秘的だよ。人から知的に見られるかどうかなんてどうでもいいよ。人と人とのことも神秘的。見えることのあれこれ全部が普通じゃない。

自分の孤独なひとりの世界で、自分だけが好きな音楽を、ひとりっきりで聴く。

mouseのパソコンは、慣れてくると、とっても書きやすくて、本当に大好きになった。それに何しろ全体的な出で立ちが可愛い。真っ赤なマグネシウム合金のボディにチーズが描かれてて、キーボードはテンキーが付いていなくて、とてもすっきりしている。真っ赤で、かつテンキーの付いていないノートパソコンをずっと探していたのだ。僕はこのmouseのパソコンがとても気に入っているので、キーボードが悪くなったり、冷却ファンの調子がおかしくなってきたら、その都度修理に出して、出来る限り長く使いたい。買い換えを考えるとすれば、mouseがまた真っ赤でチーズの入った新機種を発表してくれたときだけだと思う。だから、このデザインの受けが悪くて、もう赤いパソコンは作らない、ってなったら困る。

薬が心の中で溶け始めると、集約された僕の中の根拠の無い蟠りが解けていく気がする。寒さに対しても、夜の、自家増殖する不安にも、僕は抗体を持たない。それでも膝に抱くように、ノートパソコンを、この六畳間の隅の、僕だけの空間に配置すると、透明なゼリー状の気体に覆われた、僕とパソコンだけのシェルターが、弱々しくも息づき始めるのを感じる。もっと堅固な強化ガラスのように、かっちりと外界から隔絶されていたいけれど、今はゼリーが精一杯だ。

理解するのに、一生ではとても足りない感情。解体新書を読んでも身体は分からない。フロイトを全部読んでも心は分からない。そこにある生は、匿名の生だからだ。見つめるべきは自分の心臓で、自分の血管を流れる運命の色だ。急速に閉じていく僕の道を横目で見ながら、ごちゃごちゃして空白な僕の部屋を見渡すと、床にはmouseの梱包の箱がスラムの裏道のように積み重なっていて、冷え切った本棚が見える。この間、友人に「部長、読書しなくなったなあ」と言われた。この頃本を読まないなんて、僕はひと言も言わなかったから、多分、友人は、前に来たときから本棚の中身が殆ど変わっていないことに気付いたのだと思う。本棚に満たされた感情の熱量が失われているのを、僕自身は寂しく感じると同時に、これから本棚をどんどん温かくしていける、と希望的な気分でもいる。

右手の爪を切った。ノートパソコンを撫でるように叩くために。親指の爪は、キータッチには使わないので、伸ばしたままだ。僕は僕の文体をまだ会得していない。あるいは、取り戻していない。これから見付けていくのだ。赤い、揺るぎないチーズのマークの入った、mouseのコンピューターと共に。ノートパソコンを買ってから一週間経って、僕はデスクトップよりノートパソコンの方が好きだ、という、ほぼ明確な結論に達した。大は小を兼ねない。小さい空間に無限を見るのが、僕は好きだ。

難解だったり、退屈だったりする曲に、段々親しみを感じて、好きになっていく過程がすごく面白い。ドビュッシーの曲が、どれほど難解なのかは分からないけれど、少し聴いて、すぐ耳に残るような、キャッチーな曲は意外と少ないと思う。有名な曲は何曲かあって、『ベルガマスク組曲』や『アラベスク』や『夢』、『亜麻色の髪の乙女』などは、とても聴きやすいし、覚えやすいのだけど。ドビュッシーの有名な曲の録音って意外に少ない。そう言えば、ベートーヴェンのピアノの曲で一番有名なのは『エリーゼのために』ではないかと思うのだけど、この曲を録音している人は、とても、とても少ない。ドビュッシーでは『12の練習曲』や『前奏曲集』や『映像』の録音が多い印象だ。これらの曲は、僕には、少し分かりにくい。幻想的ではあるけれど、有名な曲ほどメロディアスじゃなくて、旋律を追いづらいし、あまり耳障りの良くない感じのする和音が多い。複雑な響きがあると思う。おそらく意図的にそう作ったのだと思うけれど、ドビュッシーには、長調短調か分からない曲が多くて、どう感じたらいいか、よく分からない感じがする。でも、アルバムをじっくり聴いている内に、何となく良さが分かってきた。まだ、理解にはほど遠いのかも知れないけれど、少なくとも、聴いていて楽しい、とは思えるようになってきた。『前奏曲集』や『映像』はミケランジェリの演奏で聴いていて、まるで繊細な氷の結晶のようだと思う。『12の練習曲』は内田光子の演奏で聴く。

現実について、誰もが知っているみたいだ。僕ももちろん知っている。気持ち良くて楽しいのがいい、という見解は、大体支持されるだろうと思うのだけど、不幸なことに、毎日が気持ち良くて楽しい、という人の言葉を、僕はあまり聞いたことがない。大体の場合、苦しいと言えば同情されるけど、楽しいと言って賛同されることは殆ど無い。

人のことは、人と人との間のコミュニケーションについてのことは無限に複雑で、僕の有限の脳ではとても解析できなかった。例えば、親が子供を持つということは大変だと思った。子供を大事にしようとすればするほど、親だって完璧じゃないのに、その完璧じゃなさを容赦なく子供から弾劾される。僕は理不尽なくらい親を憎んでいたと思う。この頃、親がただの可哀相な子供のように思えてきた。あらゆる人々に対して敵愾心を持てなくなってきた。みんなそれなりに一生懸命に生きていて、少なくとも僕よりは、苦しいことにも堪えてがんばっていて、誰だって不完全で、彼らに欠点があるからと言って、僕がそれを叩ける理由なんか無いと思えてきた。

「幸せ」って何だろう?、と思う。それは、少なくとも、ひとりでいるときくらいは、完璧に自由でいられることだ、と僕は思う。僕が悄気ていると、僕は優しい人間だと、何と親にまでそう認識されるようになってきた気がする。本当はただただいつも辛いだけなのに。昔はもっと自分勝手だったと思う。僕の、ひとりだけの意識の中に、他人の意識が搬入されてくる。僕がそれを好きか、という意識の手前に、常に、人から見てそれはどうなのか、という意識が挟み込まれている。自動的に(架空の)他人の意識が僕の口を通じて語り始める。それはとても、とても気持ち悪い感覚だ。けれど同時にその感覚を、普通に、人は持っているような気もする。「自分」が何なのか分からない、って実はとっても普通のことなのかもしれない。個人の本当の声を聴けるときっていうのは、やっぱりあんまり無くて、みんな借り物みたいな言葉を生真面目に喋っているし、けれどそれは狡いからじゃなく、多分優しいからだと思う。そう、一応は思っているけれど、がっかりはする。そして僕もその一員であることにたじろぐ。社会は優しい嘘で出来ている。それを批判するのは簡単だけど、難しいのは、自分だけでも、ほんの少しくらいは正直であろうとする努力で、誰に何と批判されようと、自分が好きなものくらいは、好きなままで守り続ける努力だ。ひとりでいて、自分の好きな音楽が好きだと感じられなくなったとき、僕は僕が死んでいるとしか思えない。幸せって何だろう?、と思う。それは、自分が好きなものは、自分が死ぬまで、心から好きであり続けることなんじゃないか?

自分できちんと自分を感じることは、とても大切なことだと思う。懐かしい感情や、何かを愛しいと思う感情。人にどう思われるか、とか、自分の損得に関わりのあることではなくて、ここにとても個人的な自分がいる、という感覚。何かにとても個人的な愛着を感じたり、自分なりの拘りがあったり、何かに失われて欲しくない気持ちがあったり。自分の中に秘やかにある強い気持ちを忘れてはならないと思う。自分を見捨ててはならない。何かに集中していると、とても強く自分を感じる。心の底から何かを好きになると、自分を捨てられる。強い愛情は、自己放棄に繋がる。自分を捨てたとき、本当の自分を感じる気がする。それは、自己卑下とは関係ない。自分以外の、または自分を超えた何かを、愛せるとき、信じられるとき、自分の感情だけが残って、自意識は消え失せる感じがする。神はいてもいなくてもいい。けれど、自分はこの世界で最も重要なものではない、ということは、常に念頭に置いておかなければ。

いつもいつもいつもいつも不安だった。今も不安だ。でもほんの時々、自分に全く不安が無いのを発見して驚くときがある。そういうときは、不安が無いのが一番当たり前で、不安の理由なんて何にもあるはずが無いと思って、もう一生大丈夫かもとさえ思う。なのに、そう思えるのはほんの一瞬でしかなくて、気が付くと動悸が激しくなっている。心はほとんど恒常的に暗い。どうして。何故なんだろう?

人は何で食べて、生きて、わざわざ文句を言って、それでも優しく、悪を恐れて、生きていくのだろう? そういう、単純な疑問をいまだに持ちだしてしまうのは、僕が引き籠もっていて、生活感情に欠けているからだろうか? 人と人とのイメージって、頭の中にしか存在しないのに、それをどうやって大事にしていくのだろう? どうやって悪意や怖れを持つのだろう? 社会は、頭の中にある。その中にいろんな感情があって、誕生があって死があって、痴話喧嘩があって、子供と親との対立もある。花や海もあれば、空想もあり、そして詩人もいれば、また立身出世や挫折もある。親は子に、自分も知らない社会を教え、子は自分の知らない社会を軽蔑し、子は親になるとまた社会というものを自らの子に語る。どうして宇宙は存在するのか? 感動はどこにあるのだろう? 喜びは? 光は? 笑ってる振りをする。冷たい唇で、味のしない夜を、ただひとりで噛み潰している。

(僕はこの世の論理というものに嫌気が差したのだ。日本語からも訣別しようと思った。僕は人々が物を大事にし、勿体ないといい、学習し、遊び、また苛々するのは、人々が皆、宗教を持っているからだと思った。僕は何日も何日も、お酒と薬だけで生きて雨音だけを頼りに生きていた挙げ句、自分が宗教から半分抜け出しているのに気が付いた。この世界には何も無い。期待するようなものなんて何も無いのだ。僕が残した本は、中原中也の詩集、何冊かの思い出の文庫、数冊のペーパーバック、そして一冊のノート。僕は消えるつもりだった。僕が欲しかったのは、僕という世界を、僕の内面をそっくり裏返して見ることの出来る眼、それだけだった。)

心の奥には感傷がある。小さな、泥の上で澄んだ、水溜まりのような。僕は僕の感傷を愛していた。

これが、「僕」? 僕は僕を軽く捨てられる気がする。僕は僕の死が近しい。言葉って、意識の裏に行けると思うんだ。みんな死ぬ。僕も死ぬ。何ひとつ勿体ないものなんて無い。死んだら全ては無くなるのだから。死後には生活世界なんて、芥ひとつ残らない。全てを消費していくこと。出し惜しみしないこと。何ひとつ残さず、綺麗に死ぬこと。

理性はここにあって、眼はとても遠くにある。

それにしてもあんなこともこんなこともどうでもよくなるときがある。死が、とても近しくて、ただ滅びていくことだけを至上と思うとき。ただ、時間が過ぎていくことが嬉しい。

ずっと、じっと引き籠もってる。十代の終わり、僕はもう人生を終えた、と思っていた。……母がカメラ映りの悪そうな声で、何か、誰かが死んだ、と話しているのが、ドアの外から聞こえる。父はそれに対して、声を低めて、まるで死んだことが罪であるかのように、家庭的な棘のある口調で、何か答えている。「香典? そりゃ包まにゃならんだろう?」幾らかいくらか、と言っているように聞こえる。実のところ、死んだ話ではないかもしれないし、もしかしたら母のパソコンが壊れた、とかそういう話かもしれない。それで父がすかさず修理代について難色を示したので、母が「仕方ないじゃない」とか何とか会話しているのかもしれない。夕食時に静かに話せばいいのに、父と母の会話の半分くらいは、母が階下、父が二階にいて、階段越しに責め合うような声で為される。僕は家の空気に籠もった彼らの会話の内容までは聞き取れないので、それが環境音のように内耳を無視して、僕の脳を素通りしていくこともあれば、日本語としての輪郭を持たないのに、それが日本語だと分かる、何かやましいことのある外国人みたいに、彼らの声にある険の強さだけを受信して、「ひょっとしたら僕のことかもしれない」と脳の、不安を司る部分(何処かは知らない)で、不安を勝手に増殖させてしまうこともある。すぐに会話は終わり、僕は、どうしようもない、引き籠もり生活を続けていることの代価だけを、殺伐さとして、受け取ってしまったような気がする。両親ともに、僕がある種のダメージを、彼らの会話から受けていることを、全く知らないだろう。僕は実家にいたくない。けれどそのためには、金、金、お金が要る。そしてお金が稼げないこと、働けないこと、勉強できないことの焦燥、その成因を、全て親になすり付けてしまえるほど、僕はもう若くはない。若さはとっくに通り越してしまって、「取り敢えず三十歳までの余生を過ごそう」といつの日か考えていた僕は、空っぽの、時々は地獄よりひどい、二十代を、余生というより、死んで冷えていくチキンのように過ごしていた。二十代のこと、をほぼ全然覚えていない。ひたすらひたすら死にたくて、皿の上で、誰も食べてくれないから、現世に居残り続ける、腐り続けるチキン。……僕は、もうそろそろ、いい加減に終わりでいい、と毎日考える。

と、同時に業が深く、僕は清々しい未来を夢見ることもある。地球には、青く、静かな面がある。黒い、暗い感情。自分の中にある扉。すばらしく美しい場所に住みたい。夢が、殺されずに息づいている場所。そこで、心ゆくまで詩を書いていたい。小説を書いて、本を読んで、音楽を聴いていたい。ギターを弾いて、作曲したい。風の音が気持ちいい場所がいい。というより、風が揺らす枯れ葉の音が気持ちいい場所が。特別な誰かのために手の込んだ料理を作りたい。そのために、静かで、よく整備されたキッチンが欲しい。

僕の奥で、僕の中心の外で、音が鳴る。

いろいろ書いたけれど、書くべきではなかったかもしれない。言葉で規定して交流できる範囲なんて、世界に殆ど無いのだから。言葉はただ、音楽のように、演奏するように語ること。