メモ

やわらかい。意味の無さに入ると何でこんなに気持ちいいのだろう? 夜の間、歩き回れるひとつの街が欲しい。背中の骨がスポンジになって乾燥していくような不安。「背を焼くような借金」という表現が梶井基次郎の『檸檬』の中にあった。

感情と感覚。青。はみ出す色。

世界は情報に過ぎないのに、何故生きなければならないのか、と思ってしまうこともあった。それよりもただ苦しくて死にたかった時期の方が長かったけれど。

いくらかの物ごとが僕の中で同時進行している。パソコンの画面を見るのが楽しくなった。パソコンの前の定位置は、長年、夢の残骸の跡地みたいな感じだったんだけど、今はそこは夢の温かみに包まれている。もう少しで身体が溶けて、僕は温かみそのものになれるのに。

もっと、知りたいことが、本当に、無限にあるのに。まだまだ死ぬわけにはいかない。
性欲とか、全部無くなっちゃえばいいと思う。一日の内の少しの時間でいい。何も求めなくなりたい。
今までに生きてきた記憶。生きているということ。全部、全部ぶつけてしまいたい。

自分、というのは自分に言いしれぬ場所から降ってくる何か。ただそれを受信した僕は、ロボットのように、「僕は僕だよ」と繰り返している。

鬱が寛解に向かい始めてから20ヶ月近くが経った。うんざりするほど緩慢なペースで、頭の中の、新聞紙の切れ端みたいな靄が、一枚、一枚、剥がれていく。今は、生きていこうと思っている。「あ、これは駄目だ」と世界中が崩れていって、足下が遠く、細くなって、お腹の中の空洞がどよんと重く、ベッドからとても起き上がれないような、懐かしい、崩壊的な鬱からは、次第に縁遠くなってきてる。時々、今でも、「あ、来たな」と思うときがあって、そういう時は、急いで薬を飲んでいる。薬が効かないときもある。そういうときでも、何日か経てば、今のところは現実感を取り戻すことが出来ている。薬を一時的に減らすと、かなりの頻度で、底なしの虚空に落ちていくような、世界全体を満たす虚無感に陥ってしまう。けれど、薬が、僕の頭の回転速度にリミットをかけていて、薬を飲み続けている限り、僕は一生ぼんやりし続けるのではないか、という不安も、いつも感じている。まあ、それでも、大量の薬を飲み続けながらも、確かに頭の中は晴れて来ているのだけれど。「生きていて、何になるんだろう?」という無意味感が、僕の全体を支配することは、今はもうあまり無い。「意味」という言葉では表せない、でも確かに「意味」である何かが、生きていることには、あると思う。それは単に双極的な浮かれや、抗鬱剤の薬理作用に依る錯覚、という一面もあると思うけれど、でも、何か、生きる「意味」のようなものを感じているとき、例えば読書が面白くて堪らないときとか、言葉の世界に光を感じるとき、その「意味」の感じは、どうしても錯覚だとは思えない。生きることには、生きること以上の何かがあるし、書くことには、生き死に以上の何かがある、と思う。恋愛の渦中にいるとき、多分人は、世界の美しさを初めて目撃するような気持ちになると思うし、生きていることが無意味だなんていう言葉は、全然実感を伴わなくなるものだと思う。となると、書き続ける人は、ずっと恋愛している、ということになるのだろうか? それは、ずっと頭がどうかしている、ということなのだろうか?

鬱病者はリアリストだ、と言われることがある。鬱病者は、生きることに意味が無いことを、心からよく知っている。鬱のとき、僕は、楽しそうな人たちや、何かに熱中している人たちや、長寿を願う人たちの気持ちが、全く分からない。何を読んでも、何を聴いても、面白くない。こんなにも歴然として面白くない物ごとを面白がっている人たちは、きっと気が変なんだ、という感じがするし、同時にその人たちが鬱ではない、ということを羨ましくも感じる。楽しそうだな、と思う。でもその楽しそうな時間に、自分も入りたいか、と言うと、そうでもない気もする。それよりも、ただ、楽になりたい。熱中するのではなく、静かな気持ちになりたい。とにかく死にたさから脱したい、という気持ちばかりがある。

生きていたって仕方がない、としばしば思う。急にとてもハイになったり、とても落ち込んだりする。一日の内で、文学や語学にいくらでも時間をかけられる自分の状況に、たまらない幸福を感じたり、それなのに急に、自分には何も出来ない、僕は本当に役立たずだ、と思ったりする。世界中の全てを知りたい、と好奇心でいっぱいになったり、また急に、何を知ったって面白くない、意味なんて無いんだ、と思ったりする。

文学を感じたい。すごく感じたい、と思う。精神のドアを次々と、開け放ちたい。最近は文学がとても好きだし、そこに非日常的な日常の拡がりを感じる。文学的な歌詞の歌もとても好き。ボブ・ディランの歌詞も、ちゃんと読みながら聴いているし、ディランの歌を歌うのも好きだ。

集中していたい。没頭していたい。