ギターのこと

 僕はギターの音、特にエレキギターの音が本当に好きだ。テレキャスターの引き裂くような、或いはときに丸く包み込んでくれるような音が好きだし、最近はどうしたことかレスポールの音も好きになってきた。レスポールはしばしばテレキャスターの音に似ている、と言われる。そうは思わなかったのだけど、テレキャスターは一見、音の細いギターだけど、ギターに付いているヴォリューム・ノブを最大にしたり、アンプで音圧を上げると、本当に太い音が出る、と最近知った。その音がレスポールの高出力の音にたしかに似ているのだ。本当に、全く違うギターなのに。いつか、いつか、レスポールも手に入れるかもしれない。他にも欲しいギターはいくらでもあったのだけど、最近は、テレキャスター一本で、本当に多彩な音を出せることを知って、目下のところ、いやこれからとても長い間、今持っているテレキャスターのみを使い続けるであろう、と思っている。
 今からテレキャスターを買う人に、是非とも言いたいことは、テレキャスターはデフォルトでほぼ完成されたギターだということだ。僕は別に品質に拘った訳ではなく、とにかく色に惹かれて買ったのだけど。品切れになりそうなので、ほぼ衝動買いした。そして思っていた通り、僕が買った赤のギターは、すぐに何処の店でも買えなくなった。どうやら2018年の一年間だけにしか販売されていなかったモデルらしくて、今はFenderの公式ショッピングサイトでも取り扱われていない。ペグ、ブリッジ、ブリッジ・プレート、ネック・プレート、どれもいいやつをいくつも買ったけれど、どれを換えても、最初から付いているパーツの方が何故かいい音がした。本当はピック・アップも、いいのに換える気満々だった。しかし、僕の持っているテレキャスターには、もともとかなりいいピック・アップが付いていて、他のLindy Fralinの超高級なのに換えるつもりだったけれど、その必要は無いと思った。Lindy Fralinの音は柔らかすぎる。Fenderのピック・アップもLindy Fralinのピック・アップも、アルニコという磁石が使われていて、大分後になって英語のサイトで見たのだけど、アルニコ磁石には、テレキャスターに最初から付いている、何と言うこともないスティールのブリッジ・プレートとスティールの、ただの棒みたいなブリッジが、とても合うらしい。ブリッジ・プレートは分厚いスティール製のをふたつ買ってみたけれど、音がまろやか過ぎたし、ブリッジはチタンやアルミニウムや真鍮製や、ストラトキャスターなど多くのギターに採用されている6連サドルにも換えてみたけれど、どれもいまいちだった。ピック・アップのアルニコ磁石に一番適しているのが、おそらくデフォルトのぺらぺらのブリッジ・プレートと、何の変哲もないスティールのブリッジなのだ、と、いくつもいくつもいいのに交換した後になって、やっと確信した。それに、交換用のブリッジとブリッジ・プレートとしても、僕のテレキャスターに最初から付いている物が、とてもいい、として紹介されていた。僕はテレキャスターの、冷ための、じゃぐじゃぐ、ざくざくした音が好きなので、デフォルトのピック・アップに本当に満足している。これもやはり交換用のピック・アップとしても、たいへん人気が高い物だ。Lindy Fralinのは、確かにいいんだけど、良すぎる、というか、上品すぎて、テレキャスターを弾くことの快感、わざわざテレキャスターを選ぶことの意味が半減してしまうような気が、試奏動画を見ている限りでは、した。
 テレキャスター……新しいモデルのテレキャスターは別として、60~70年間仕様が変更されず作り続けられているモデルのテレキャスターは、昔ながらにチューニングが合わなくて、僕は最初、それが気になって仕方が無かった。60年代モデルが僕は好きだ。60年代のモデルは、50年代のモデルから、フレット・ボードがメイプルからローズウッド、つまり白から黒に変更されて、ボディの素材もアッシュからアルダーに変更され、ブリッジが真鍮からステンレス・スティールに変更されている。50年代のモデルは、暖かい音色とブルージーな枯れた音が特徴的で、60年代モデルはやや冷たい、ざくざくした硬質な音色、ロックによく合う分離のいい音が特徴的だ。50年代のモデルには、真鍮のブリッジが採用されていて、それが暖かく丸い音、大味で迫力のある音色に繋がっているし、メイプルもアッシュも柔らかい素材なので、それが少しルーズな響きを産み出している。60年代のモデルは、材質の硬さが、やはり硬質な音色に繋がっているし、スティール製のサドルが、冷たい、キレのいい音色を産み出していると思う。試しに僕の持っている60年代モデルのテレキャスターに、音が柔らかくなるかと思って、真鍮製サドルを付けてみたけれど、何ともちぐはぐな音がした。中途半端に柔らかいような、でも柔らかさの底に硬さがあるような、どっち付かずの音になってしまった。50年代モデルも60年代モデルも、チューニングが正確には合わない作りになっていて、ほんの少し工夫をすればチューニングが完璧に合うギターに出来るのに、何故か頑なに、チューニングの合わないサドルを採用し続けている。それが最初気に入らなくて、チューニングが合うサドルをいろいろ付けてみたのだけど、音が良くなくなってしまう。本当に、この頃、最近になって、チューニングの合わなさを、味だと思えるようになった。それにもともと、ギターは構造的に、チューニングが完璧に合う楽器ではない。それにしても、最初から付いているサドルは、本当にチューニングが合わないのだけどね。でも、少しずれているのが(気持ち悪い程じゃなければ)、逆にブルージーというか、ロックというか、心地よくさえある。テレキャスターは、チューニングが少しずれたギターとして使い続けよう、と思う。何故か、チューニングがぴったり合っているより、少しずれている方が、弾くのが楽しい。欠点がある方が可愛い、というのかな。どうしてもチューニングが合うギターを弾きたいなら、他にいいギターはいっぱいあるので、レスポールでも何でも、その内にもう一本買えばいいだけの話だ。というか、チューニングが合わないギターって、テレキャスターくらいなもので、でもそんな大きな欠点のあるはずのテレキャスターは、昔から本当に愛されているギターだ。チューニングがずれているところを、少しチョーキングして、音を綺麗に合わせる、という高等なテクニックを使うことだって出来る。僕は、大体でチューニングしてて、普通に弾いているのだけど、よほど神経質に聴かなければ、そんなに音がずれていることは分からなくて、少しの音のずれには、ちょっと昔のレコードみたいな趣があって、それが逆に格好いいと、今は思える。テレキャスターが可愛くて、可愛くて、他に欲しいと思っていたいくつものギターが欲しいという気が、あまり無くなってしまった。
 テレキャスターをぼろぼろになるまで使うのが、人生の目標のひとつだ。ぼろぼろになったギターって格好いい。今はまだ新品同然だ。塗装が剥げるまでには、どれだけの時間がかかるのだろう? 20年生きられて、毎日弾いていれば、大分ぼろぼろになるだろうか? 最初からぼろぼろのギターを買う趣味は無い。ヴィンテージのギターを買うのを除けば。最初からエイジング加工しているギターに、あまり魅力を感じない。
 ギターだけを弾いて、歌って、弾いて、歌って、それだけで死ねればいいのに。