雑記2(病気と正気について)

 死んでしまうと思えば、大抵のことは許せるものだ。一極に集中すること。人を尊敬すること。深く世界に集中すること。一秒後に死ぬかもしれないのだから。

 どんな言葉だって面白いと言えば面白いから、敢えて詩集を読むことは少ない。僕は活字の海に沈むことが好きだった。心の中のすべてのものに、ゆったりした光が降る。現代詩の中には、なかなか溺れられない。硬派なギターロックのように(そして、そこがいい。言葉を泳いでいて行き着くところは、結局は詩なんだ。そして僕はまだまだ泳いでいたいから散文を書く)。昔の人はインクに血を秘ませて書いた。もっと昔の人は硯の墨に、とろりとした海を見た。……詩は、心の中の、岩の割れ目を満たす水のよう。やがて水は氷り、膨張し、岩を割り、全ては砂になり、氷は溶けて川となり、心の彼方に流れ去っていく。心の苔むした森の中、光も差さない落ち葉の下を、言葉が流れていく。微かな音がする。書くことは快感だ。読むことも時にはさらに。活字は網膜の底で、深い海の中で、澄んだ色となる。音楽は……宇宙には透明な血小板が流れていて……、感情表現よりも、もっともっともっともっと宇宙の始まりに近い、透明な光に溶け合う透明な光へと、僕を拡散させる。拡散は同時に縮小・統合。何故なら、宇宙に大きさは存在しないからだ。この世は本当はモノクロなのだそうだ。真実は全て透明だ。森の下、苔に流れる水の音。僕は民族性なんて信じてないけど、心と聞いてすぐ苔を思い浮かべる僕には日本性があるかもしれない。アラビアの人なら心は砂漠みたいと言うかもしれないし、イギリス人はどうだろう?
 日が差してもやはり湿っぽく、紫の磨りガラスのように暗いイメージのヒース荒野。それから不健康そうな、街路を歩いていても400年も前の書物の匂いがしそうな、郊外の古い古い街並み(ニック・ドレイクもきっと歩いた街だ)。ところどころ二階屋を繋ぐ渡り廊下にもなった、煉瓦造りの門が、狭い道をさらに狭くしている。壁はルイス島の、最古のチェスの駒を彷彿とさせるような色合いをしていて、街全体にきっと、遅い時の流れから何世紀にも渡って出土されていないような趣があると思う。陽は、一日の内の、ほんの短い時間にしか石造りの地面には差さず、しかも道路はそんな短い時間の日差しさえ厭うような風情。
 ……そう、全てはモノクロで透明、という話だった。とてもカラフルなのは心の風景で、視覚の色も心の色だ。だからモノクロが純粋だと言われ、活字が頑なに黒一色なのは、そこには自由に心の色が映るからだ。でも、白紙に漆黒の海みたいな文字の中にも、僕は苔むしたような色合いやヒース畑のくすんだ紫を思い浮かべるし、少なくともそういう色が彷彿される言葉が好きなので、日本の古めかしい本や、情緒のある本、英語の詩や歌が好きだし、あとそれからプラスチックみたいな安っぽいカラフルなのも好きなんだけど、きっとどれも僕の子供時代や、さらに昔に遡る僕の個人的な懐かしさが関係していて、部屋の色は変えられても、空や心の中の色は、個人としては変えられないし、多分誰も自分の中に存在する心の色を変えたいとは思わないだろう。

 最近…、ここ数日やっと「倫理観」が何にも増して大切なのだと、また感じるようになった。それは調和の感覚。でも、何も別に調和なんて無くてもいいのだ。もし誰も好きじゃないならば。今生きている他人で、とても好きな人がいるならば、それだけで、人は生きていけると思う。好きな人がいる現実が、僕にとっての現実だ。そういう考え方は刹那的だし、偶然に左右されるので、万人にとっての真理とはなりにくいかもしれない。でも、生きる意味の有る無しって、結局は世界が好きかどうかにかかっているんだ。世界に対する基本的な愛情みたいなもの。それは自分が愛情を注ぎたいと思う具体的な対象がいて、初めて心に湧いてくるもので、抽象的で漠然とした愛情だとか、生きる意志、というものは無いと思うし、あっても空虚だと思う。好きな人がいることは、何にも増して幸福で、幸運なことだと思う。でもそんな奇跡は滅多に無いものだと思う。でも、無くても追い求めなければ、孤高を称してひねくれてしまうか、もしくは仮初めの人間関係に自分を磨り減らしてばかりになってしまう。
 人間がいなくても、本を友とすることも出来る。本に書かれた意味を読むのではなく、本の息吹に耳を傾けるように、丹念に文字を追うこと。呼吸を感じること。それを書いた人の姿が見えてくるまで、しつこくしつこくその人の書いたものを一字一句違わずに読み続けてみること。僕にとって中也の『全詩歌集』はそういう本だし、最近読んでいる『徒然草』も、内容は別に気に食わないんだけど、内容はともかく、兼好の声のようなものに惹かれる。単一の著者のものではないけれど、『新古今和歌集』にも、今とても惹かれている。何度も最初から読み返している。『新古今集』は、正岡子規がこき下ろしてからというもの、『万葉集』に比べて、繊細ではあるものの、空想的で華美に過ぎる、というのが、どうも大方の意見で、定説となっているらしい。『古今集』も、注釈本で全部きっちり読んだけれど、僕にはさっぱり面白くなかった。『万葉集』は、それに輪を掛けて面白くない。僕の読みが浅いのだろう、と思う。

 幻の中を泳いでいつの間にか辿り着いた泉のように、私は私のこの椅子に座っている。金色に粟立つ皮膚や、空中の、光の粒子に囲まれて。うるさすぎる音楽を聴いて。
 私は、言葉が何より好きだった。何年もの間、私の心は古城だった。乾いた調度がそこには並んでいて、美味しかった色とりどりの食べ物は、テーブルに並んだまま剥製となり、鳴り響いていた明るい音楽は、暗い音符の幽霊となり、枯れかけた庭木を揺らしていた。そしてその古城の中で、何もかもを失って、一番場違いだったのは、他ならぬ私自身だった。全ての風景は私によそよそしかった。私は俗っぽい悩みを抱えていたので。幻想のように、気味の悪いほど幸せだった私の心は、形骸だけを残したまま、風化していた。
 最近、やっと、思い出の、琥珀のように美しい数々の宝ものに、触れることの出来る手先を取り戻してきた。キーボードに触れる私の手指が、特別な、神さまのような何ものからの、掛け替えのない贈りものに見える。静かだ。静けさに飽きると、音楽を浴びる。音の粒子たちの、抗いようのない奔流に翻弄される。

 辛いのは、日本語のせいかな?、と少しの間思っていた。僕の頭の中で、日本語は饐えていて、嫌なにおいを発するそれを、僕にはお馴染みの、日本語での思考回路を、来る日も来る日も、僕は反芻し続けていた。ひとことで言って、僕の頭の中の日本語は死んでいた。日本語が美しい、と再認識したのは、二週間ほど前のこと。家に来てくれた友人に、僕の好きな本について話していると、日本語の一字一字が好きだなあ、という気持ちが、昔のように自然に、心の底から澄んだ泉のように、微かに、やがて確かに、湧いてくるのを感じた。楽しく話す、ということと、(話している内容が)実際に楽しい、ということが、縺れ合ってひとつになった感じだ。

 歌うことが最近好きだ。もっと歳を取ればいい。

 すぐに死んでしまうのに、いろいろなものを持っていて何になるだろう? この間、友人が家に来ていたとき、一緒に低い声で喋ったり、あんまり笑わずにいて、でもその時間がとても心地よくて、多分、友人も楽しくいてくれたと思う。彼は嘘を吐く人ではなくて、また来られるときには来る、と言ってくれたから。多分、早くても、次に会えるのは年末か、年明け頃になるだろうけれど。たまに会えて、何の衒いもなく話せる友人がいることは、何にも代えがたく幸せなことだと思った。彼に会うその前の日まで、僕は死のうと考えていたのだ。でも、彼に会って、僕が自殺すれば、彼を本当にひどく悲しませるだろうと思ったら、生きられるだけ生きよう、と思った。消極的な理由だけれど、でも、僕が幸せに暮らしていれば、彼もきっとそのことを嬉しく思ってくれるだろう、と僕は勝手に思っている。けれど、僕はいつ死ぬか分からない。自殺しなくても、この瞬間にもころっと死ぬかもしれない。

 僕は、最高に苦しい思いをしたい、と昔本気で思っていた。その願いは、おそらく叶った。多分、僕くらい苦しい思いをして、しかも正気(だと思うんだけど)に戻れた人って、滅多にいないと思う。他人のことは分からない。でも、他人が本当に苦しいとき、その苦しみ自体は僕には分からないし、何をしてあげられる訳でもないけれど、それが苦しいことくらいは分かると思う。人は、気が狂ってしまうと、本人の苦しみとは裏腹に、周囲の人からは、寧ろ避けられるようになってしまう。病気なら仕方ない、と哀れまれるか、もしくは性格の歪んだ人、もっと進めば悪人だと思われて、何にしろ狂人は人から疎まれる。だから自分の気が狂っているか、狂いかけていると自覚したならば、出来るだけまともな振りをしなければならない。それは悲しい努力だし、僕は気が狂いかけているとき、何とも周りに申し訳なかった。身体的にも、死を観念するくらい苦しい思いをしたけれど(リチウムをウィスキーで200錠くらい飲んだ。そんなに飲んで生きられるはずありませんよ、と医者には半笑いで言われたのだけど)、それで、精神的にもかなりリアルなダークファンタジーの中で生きていたけれど、現実的に困ったのは、例えば、何度か会いに来てくれた友人と一緒にいても、まるで人間がそこにいるという感じがしなかったりしたことだ。後になって友人が僕のことを「そう言えばあのときは君(友人は僕を君とは呼ばないのだけど、便宜的に)は受け答えが適当な感じがした」と言っていたのだけど、僕はまるで箪笥とでも話しているような感じだった。彼の発する言葉が幻聴じゃなくて「現実の声だ」といちいち頭の中で反芻している内に、彼が何を言っていたのか朧になってしまう。僕は人間らしい振りをしようとした。彼とダムを見にいったんだけど、彼が「あんまり近付くと危ない」という言葉にだけ、僕は発作的に笑えて、半分くらい柵を越えて飛び降りる気でいた。それが多分、二年くらい前かな。それでも鬱(僕は統合失調感情障害、ということになっている。感情障害、とはいわゆる躁鬱のことだ。僕にはその自覚が無い。ずっとずーっと鬱で、何ひとつ楽しくなかったような気がする。でもこの頃、すごくハイだった頃の滅法楽しい記憶も取り戻してきてる。ハイの方が病気に見られやすく、僕の周りの人たちは、僕があまりに元気だったときの記憶ばかり、鮮明に覚えているみたいだ。鬱は外面に表れにくい)は軽減し始めている頃で、とにかく休もう、とくらいは考えられるようになっていて、友人に会っても、楽しいという感じはしなかったけれど、まるで字幕を読み上げるように、頭の中で「今までひどくて、今もひどい精神状態にいる僕に、まだ会いに来てくれることは有り難いことだし、やっぱり彼に会えなくなることは辛い」と思っていた。二週間前に彼に会ったときは、僕は本当に心から彼に会えることが嬉しくて、心がとても生きているのを感じた。僕が本当に元気なことは彼にも伝わったみたいで、「もしちゃんとした医者に掛かっていたら、君はこの十年間にも小説とかが書けて、勉強も出来ただろうに」ということを何度か言っていて、僕は「まあ、生きて来られただけでも良かったよ」と言った。本心で。彼と過ごしている間、僕は自分が急速に現実感を取り戻しているのを感じた。彼が僕の名を呼ぶ中に、忘れてはならない僕自身がいる、と感じた。とても嬉しかった。

 気が狂ったら楽なんて嘘だ。そこは誰ひとり信じることが出来ない世界。鏡張りの球体の中で、不安と恐怖に満ちた自分との対話を延々続けなくてはならない世界。気が狂うとは、おそらく恐怖に満ちた独り言を、毎日毎日一から検証して、自らの独り言の完成に、一生を捧げてしまうことだ。そこに他人はいない。独り言の中で、精緻に世界が卑屈に強固に、命を欠いて完成されていき、なのに本人は時間の経過と共に、世界観が正確に仕上がっていってる、と思い込んでいる。他人のいない世界。自らそう望んだ訳ではないと思う。いつの間にか、他人が不要に思え、自分の世界にとっての夾雑物にしか見えなくなってきて、他人とは、自分の窮状、あるいは自分なりの真実をぶつける相手でしかなくなってしまう。狂人に友達はいない。僕は僕が人を求めなくなったのを、実感としては何とも感じていなかったけれど、きっと虚しいことなんだろう、と考えてはいた。僕には強みがあった。僕は鬱になる以前には、正常な世界に住んでいた、という確信を抱き続けていた。もし、戻りたいと思う過去、取り戻したい気持ちを、朧気ながらでも、思い浮かべることが出来なければ、一生正気には戻れないし、おそらくどんどん狂いながら、自分はまともになり続けていると思い込み、他人を蔑むようにさえなっていただろうと思う。狂うとはそういうことだ。ところで、(自分にとって大切な)他人がたまたま存在する世界は、とても刹那的だ。狂った人は、たまたまある世界、とか、偶然知り合った友人、という考えを排除する。あくまで、正しく普遍的な世界を追求する。自分なりの論理で。それは僕にとっては、抽象的に狂人について憶測で語っているのではなくて、あくまで僕の経験から語っているのであって、それには多分、正確な一面もあると思うのだけど、もちろん僕は狂人(この言い方がまずければ、病人)についての全般的な知識(そんなものがあれば、だけど)は持たない。ただ、狂人は皆、大真面目で一生懸命なのだ、ということはおそらく一般的だと思う。適当に、何となく楽しく生きていられればいいや、と気を抜いて暮らしている狂人は、おそらく存在しない。脳の機構の問題も、もちろんあるだろう。でも、精神の病気(鬱にしろノイローゼにしろ強迫観念にしろ)は、おそらく人を信じないことから始まると思うし、人が信じられるようになったとき、終わる。誰でも、何の前触れも無く、鬱になったり、統合失調症に陥ったりする可能性を、必ず持っている。けれど、ひとりの世界を精緻に作り上げようと熱心に励み始めたとき、病気は確実に悪化する。これは間違いないことだと思う。人が張りぼてにしかどうしても見えなくても、それでも人を信じること。少なくとも、人を信じようと努力したり、その振りだけでも続けること。それが無ければ、僕は、精神の病気は一生治らないと思う。
(中断)