雑記7

ロボットに羞恥心は芽生えるのだろうか。言い間違いを検証して次の会話に備えるんじゃなくて、あんなこと言うべきではなかった、と思い悩んだりもするようになるのだろうか? 細かい間違いを嫌々引き摺りながら歩いて行くような生き方が、いつかロボットに理解出来るだろうか? 自分が生きていることが恥ずかしくて申し訳なくて、自分の存在があまりにつまらなくて死にたくなるような気持ち。
英語のテキストの表紙の青が眼に染みる。最近、英語を勉強し始めた。フランス語も。それは目的あってのことじゃなくて、単純に日本語で考えるより、英語に触れている方が楽だからだ。ひとりでいるとき。解放されていく。脳という自閉的な機械。

この街も変わっていく。僕も変わっていく。何もかも、そのままでいられるものなんて無い。今生きている自分を感じる。僕が生きていて、僕が生きてきた記憶がある。僕という存在の変えられない過去。どうやっても自然には出来なかった。それが僕の個性だとしたら、それはとても悲しいことだ。何をやっても誉められなかった。それが僕の長所なのだとしたら。

眼の前の物に言葉を与えることが出来ない。写真に撮れば僕の見ている物がひとに伝わるのではないかと思っていた。でも言葉は、多分、伝達出来ないことを通して、ひとに何かを伝えられると思う。僕は寂しくて、僕という孤独な世界から、何か、言葉や楽器を通して、ひとの世界に何かを伝えたいと思っていた。対話がしたかった。寂しさを、言葉にしたかった。僕は僕の苦しみを伝えたい?
土を見た。蟻がいなかった。蟻なんてもう世界中何処を探したっていないのかもしれない。いろいろな僕を感じる。いろいろな場所に僕はいた。たったひとりきりの世界に。そしてそれに名前を与えることが出来ない。ひとつひとつのものたちが愛おしい。空の透明度に惹き付けられるように。それぞれに名前があるのか。でもその名前は孤独な僕の世界の、僕と物との出会いを表してはくれない。内向的な方が豊かな世界を味わえるのだろうか? 「これはペンです」と言う。けれどそれで相手に伝わるペンはおそらく、僕が今持っているこのペンではない。(そして僕はこの気持ちを大事にしている。)

何も疑わないこと。ひとりで、ひとりで、ひとりきりでいること。自分のままでいないと、死ぬことも出来ない。自分という無価値な存在。でも僕にとって僕の世界は、僕の全てだった。それはとても哀しく、美しく、いつも花びらのように愛おしい世界。僕は僕じゃないものだけが生きているみたいだ。僕は集団ではない。誰も僕を理解しない。僕にも僕が分からない。僕にも誰も分からない。僕は僕の構築してきた世界。そしてここは僕じゃないもので満ちている。

僕の過去は僕の未来。僕の未来は傷ついた過去。届かない世界がいい。届かない世界についてなら描ける。(例えば、永遠に届き得ない他人について。)本当は言葉でなんか世界は構築されていない。誰も助けられないなら、言葉なんて必要ない。

お酒は要らない。僕は僕の麻薬で酔うから。僕はコーラと眠剤と煙草があればいい。何に使うでもないフォールディング・ナイフを持っている。僕は書庫が欲しい。思考はとてもカラフルだ。

どこに僕の魂はあるのだろう? 僕ひとりの世界に地名は存在しない。地名。それはまるで、魔法のスペルのように思える。

本の匂い、粘土のような。
壁は10月の雨模様。

僕は普段とても浅いところに住んでいる。

世界は透明だ。そこには本来何も無い。世界には無限の見え方がある。

音楽と本が無いと生きられない。人がいないと生きている意味が無い。

ゆっくりと回復を待つしかないんだ。人生は短い。それでも急がないこと。秋は空が高くて、温かい数字が空に浮いているような。