日記

10月15日(木)、
朝、少しベッドに横になっても、浅い眠りしか訪れない。昨日からほとんど眠れずに、起きて、音楽を聴いている。

 

10月16日(金)、
……

ずっとぼんやりしていた。

 

10月17日(土)、
ミンガスの音楽が、やっぱり美しい。

未明(AM3:30)、やや憂鬱。でも、不安じゃないし、集中力は少し戻ってきた。

朝、うまく眠れなかった。辛い気分でいる。

昼、何もかもが大儀で億劫だ。

少しのことで動揺してしまう。Marshallのアンプがどうにも使いにくいので、半日迷って、前から欲しかったVOXのアンプを注文した。白くて格好いい。でも、ちょうど同じ時間に、少し早く注文した人がいて、品切れになりました、とメールが来た。それでとても地に足が付かないような状態になって、薬を、明日の分まで飲んでしまった。

午後6時前くらいからか、ネットが止まっていた。この頃ネットは殆ど見ないので、その点では何も困らないのだけど、iPodの整理をしようと思っていたところだったので、例えば、iPodでダウンロードしたアルバムって、よく発売年の表記が間違っているので、それを直そうと思っていたのだけど、ネットが使えないとiTunesで表記を直しても、iPodに反映されないし、それに発売年は、ネットで調べないと、正確には分からないことが多い。うまく行かないなあ、と思って、また少し精神が散漫になった。

夜、昨日から寝ていない。そして今日、何をするでもなく、ずっとミンガスを聴いていた。

 

10月18日(日)、
今日も何もしなかった。抑鬱状態と空虚感。何も楽しくない。詩のようなものを書いては消す。

 

10月19日(月)、
眠ろう眠ろう、と思いながら、結局朝まで起きていた。

楽器屋さんからメールが来てて、VOXの白いアンプは取り寄せでも手に入らないとのこと。白いアンプが赤いギターと合ってて、すごく美しい組み合わせになると思っていたのに、残念だ。白が無いなら、これもまた限定カラーの、真っ黒のにしようと思って、また半日くらい迷って、Amazonで注文した。最後の一台だったけど、今回はちゃんと買えたようだ。黒もなかなか可愛い。白よりいいかもしれない。

外に出ると緊張するし、何もうまく喋れない。とても疲れていて、顔色がおそろしく悪いのが分かる。手が土気色をしている。部屋の中に引き籠もっているときだけ、あるときには強気になれる。元気が無いと、外に出るのがとても辛い。

家に帰ってきて、最後の安定剤を飲む。これでもう、明後日の通院日まで薬が無い。

憂鬱だし卑屈だけれど、読書は不思議に楽しい。ここ数年間に買った100冊くらいの本は、一応全部読んだのだけれど、面白いと思えた試しが一度も無かった。今は、ちらりと目を通すだけで面白い。どうやって読めばつまらなく読めるのか分からない。つまらなく読んでみようと、出来るだけ意識を虚ろにしてみようと思うのだけど、読むと自動的に面白い。読書を毎日続けていれば、書けるようになる時もそう遠くないかもしれない。昔、僕は本がつまらない、とか、読書をしない、と言う人の気持ちが分からなかった。今は、嫌というほど分かる。読書は、一度楽しくなると、生活の一部になる。最近……一ヶ月前にミンガスを聴いてからだと思う……音楽もまた、僕の生活に欠かせないものになっている。脳が回復してきているのだろうか? 内気になるのも大変だ。精神が本当に弱ると、孤独にさえなれない。読書は、唯一、目が覚めたままで夢を見られる方法かもしれない。……村上春樹が、習慣的に読書をする人は10人に1人くらいで、その割合は昔も今も未来的にも変わらないだろう、ということを書いていたと思う。読書をしたいのに、出来ない、という人も一定数いると思う。どれくらいの割合かは分からないけれど。もともと体質的に、読書なんか必要としない人も、かなりの割合でいると思う。本か音楽、あるいはその両方が無ければ呼吸が出来ない人もいるだろうし、それなのに本や音楽を身体が受け付けなくなったせいで、呼吸が出来ないままの生を余儀なくされている人もいると思う。僕は、言葉と音楽が無いと生きられない。と、言いつつ、言葉と音楽を拒絶したまま、もしくは拒絶されたまま、けっこう長いこと生きては来られた。魂が窒息したって、身体が死にはしない。僕にはあと、書くことが無いと生きられない、と思う。心の奥の奥が暗闇に閉ざされて冷えたままだ。活字が少しずつ眼の底から心の底に沈んで、僕の心の中心の熱量を少しずつ上げてくれるだろう。心が発火して、脳がショートして、言語が弾けるまで。ブログを読み返してみると、一年前より、僕は大分良くなっている、と自分では思う。書いた言葉は、辛いときの、そのときは自覚できない辛さまで、新鮮に保ってくれている。僕は内向的になれるだろう。ついこの間まで、部屋にいることさえ不安だった気がする。何かの気配(具体的ではない。父や母が部屋に入ってくることも確かに恐れてはいたけれど)にずっと怯えていた。今は、孤独になれるようになってきた。ひとりの時間。とても馴染み深い。このまま、音楽と言葉に浸り続けることの不安はあるけれど、少しの間はそのことも免除されていて欲しいな。特に自分の自責の念から。父は見守っていてくれるし、母は読書が好きで、小説を書きたいとこの頃言っている。母とよく小説の話をするけれど、これからは僕は、心から好きな本について話せそうな気がする。このまま、活字との親密な距離が続いていてくれればいいけれど。僕は非常に幸福な人間だと、今は感じる。

不眠と抑鬱は相変わらずで、疲労感も常にある。けれど、死のうとは思わない。昨日まで、いや、今日の昼まで、死にたい気持ちはあったのだけど。外はやっぱり怖い。VOXのアンプが届くのが楽しみだ。