主にミンガスのこと

ミンガスを初めて聴いたのは、多分20歳頃だと思う。たしか19歳のときに、ジャズというものを本格的に聴いてみよう、と思って、それから三年間くらいの間に、名盤を何十枚か買って、その内の一枚としてミンガスのアルバムを買った。それまでも、僕の記憶違いでなければ14歳のときから、ジャズを聴いていたと思う。フリースクールに連れられていく道中、車の中でアート・ブレイキーを聴いていた記憶があるから。ともかく多分20歳のときにミンガスの『直立猿人』(この邦題は割に気に入っている)を買って、そして殆ど好きになれなかった。まず僕がイメージしているジャズと違いすぎたし、何だかおどろおどろしくどろどろして暗い印象しか持てなかった。全然聴いていて気持ちよくない。耳障りだとさえ感じた。そしてミンガスのアルバムの、多分三分の一か半分くらいに参加しているエリック・ドルフィーもまた、全然好きになれなかった。
三年ほどで、マイルズ・デイヴィスビル・エヴァンスソニー・ロリンズアート・ブレイキーマハヴィシュヌ・オーケストラ(このバンドはジャズと言うよりロックだよね)、ウェザー・リポート(このバンドもロックだと思う)、ウェス・モンゴメリースタン・ゲッツチェット・ベイカー(トランペッターというよりは歌手として。今は彼のトランペットも好き)、ジム・ホールジミー・スミスハービー・ハンコックローランド・カークキャノンボール・アダレイホレス・シルヴァーなどなど、をどんどん知っていって、みんな好きになった。特にマイルズは、やはり本当にすごいと感じて、すぐに20枚ほどアルバムを買った。『Kind of Blue』(たしかジャズのアルバムで一番売れている)がやはり、特に好きで、百回は聴いたと思う。……そして、それから十年、ほとんどジャズを聴かなかった(というか音楽自体ほぼ聴けなかった)。だから、僕のジャズの知識は、本当に、本当に狭い。
ジョン・コルトレーンケニー・バレルセロニアス・モンクは好きになれなかったけど、この頃は好きだ。キース・ジャレットは最初から、好きなような、嫌いなような感じで、それは今も同じ感じだ。この頃、本当に最近、やっと今まで聴いたことのないジャズのアルバムを聴くように(聴けるように)なってきた。例えばジャズ・ギターでは、ジム・ホールウェス・モンゴメリーケニー・バレル(昔は好きじゃなかった)以外知らないな、と思って、ジョー・パスグラント・グリーンを知って、好きになった(他にも聴いたんだけど、今のところはこの二人だけ、特に好きになった)。オーネット・コールマンドン・チェリーなどの、いわゆるフリー・ジャズも、初めて知って、今はまだ、聴き込んでいないので、好きとも嫌いとも言えないんだけど、いいな、と思う。あとはリー・モーガンジョー・ヘンダーソンウェイン・ショーターアート・ファーマーレッド・ガーランド、モダン・ジャズ・カルテット、ミルト・ジャクソンジャッキー・マクリーンケニー・ドーハムソニー・スティットデクスター・ゴードンフレディ・ハバードジェリー・マリガンマッコイ・タイナーウィントン・ケリーディジー・ガレスピーマックス・ローチクリフォード・ブラウン、ハンク・モブレイ、などなどをざっと聴いた。他にももっと、大分聴いた。ブルー・ノートの1500番台と4000番台を、とにかく全部聴いたから。今からもっとじっくり聴いてみたいと思う。好きなミュージシャンがまた見付かるかもしれない。
チャーリー・パーカーバド・パウエルは、天才中の天才として、熱狂的なファンが多いし、ミュージシャンにも彼らを尊敬する人が多いので、分かるように(好きに)なりたいな、と思うのだけど、以前に聴いたときは、あまり良さが分からなかった。この頃、音楽の好き嫌いくらいはすぐに分かるようになった。今なら好きになれるかもしれない。聴いてみよう。
最近特にとても好きなのは、もちろんミンガスなのだけど、アンドリュー・ヒル(ピアニスト)も、とても気になっている。まだ、本当に一生聴くほど大好きになるかは分からないけれど、強い魅力を感じる。たくさん聴いて、すごく好きになったなら、アンドリュー・ヒルについてもその内に書いてみたい。
話がとても脱線したけれどともかく、僕はミンガスが好きだ。20歳のときに聴いて、それから12年間も、ミンガスの魅力に気付かなかった。『直立猿人』を最初に選んだのもまずかったと思う。かなり頻繁にジャズの名盤に選ばれているアルバムなので、きっと良さがあるのだろう、と思って、友人の家に持って行ってまで聴いたんだけど、「ジャズは疲れる」と言われて、僕も同意して、それきり『直立猿人』は聴かなくなったし、ミンガス自体、僕には合わないのだろう、と最近まで思い続けていた。『直立猿人』は僕の、ジャズに対する、難解なのだ、というイメージを増長させたし、他に好きなジャズのアルバムがあるから、ジャズから離れることはしなかったけれど、もし一番最初に聴くジャズのアルバムとして『直立猿人』を選んでいたら、ジャズ自体から遠ざかっていたかもしれない。(蛇足だけど、ジョン・コルトレーンの『アセンション』を最初に選んでいたら、もっと悲劇だったと思う。ジョン・コルトレーンはジャズの代表的なミュージシャンだし、『アセンション』は彼の代表作のひとつなので、あり得ないことじゃないと思うんだけど。)決して聴きやすいとは言えないと思うミンガスの音楽の中でも、特に聴きにくいのが『直立猿人』だ、と僕は思う。確かに彼の代表作(というか、初めて名声を上げた作品……ずっとファーストアルバムだと思っていた)であり、非常に完成度の高いアルバムだと思うし、今は僕も好きなんだけど、でも、ミンガスの魅力が詰め込まれたアルバム、という感じからは程遠いと思う。何よりミンガスの音楽の魅力は、彼の弾くベースにあると思うのだけど、『直立猿人』では、ベースがあまり目立たない。ミンガスのベースに惚れ込んだ後で聴くと、『直立猿人』のベースの美しさにもきちんと眼が行くのだけど、初めて聴いたときには一応ベース音を聴いてはいても、ベースは脇役に徹している、としか感じられなかった。もちろん彼は作曲家・編曲家、そしてバンドリーダーとしても、筆舌に尽くしがたいほど美しく天才で、それら全てを彼一人で行ったとはとても信じられないほど、いつも完璧な音楽を作り上げるし、何より全ての音楽にミンガスの個性が表れていると思うのだけど。僕は、ミンガスの個性にどっぷり嵌まった後になって、改めて『直立猿人』を聴いて、初めてそこにもミンガスの天才性と個性が存分に表れているのに気付いて、素晴らしいアルバムだと思った。でも、繰り返すけれど『直立猿人』を最初に聴いたときには、そのミンガスの魅力に、まるで気付かなかったし、とても耳障りで疲れる音楽だとしか感じなかった。『直立猿人』だけを何十回がんばって聴いても、多分ミンガスを好きにはならなかったと思う。
一度、どの曲でもいいから、ミンガスの音楽に素晴らしいものを感じたら、一気に彼の全ての曲が好きになる人が多いと思う。ミンガスの曲の中で一曲だけが好き、という風にはなりにくいと思う(“Goodbye Pork Pie Hat”という曲だけは、ポップでキャッチーな、とても美しいメロディで始まるし、ジョニ・ミッチェルが歌詞を付けて歌ったり、いろいろな人にカバーされている有名な曲なので、やや例外だと思うけれど)。逆に、ミンガスの曲を一曲聴いて、気持ち悪い、と感じた人は、多分どの曲を聴いても、気持ち悪い、としか感じられないことが多いのではないか、と思う。ミンガスの音楽は、人によって、全部好きか、全部好きじゃないか、のどちらかに分かれやすいんじゃないか、と思う。少なくとも僕は、ミンガスを好きになってから「彼の名盤だけもう少し聴いてみようか」とはつゆとも思わなくて、とにかくもっと、彼の音源なら何でも聴きたくなった。ミンガスの音楽は、一曲聴けば、大体好みかどうか分かるだろう、と僕が思う中で、『直立猿人』だけは、例外だと思っていて、ミンガスのアルバムで『直立猿人』を初めに聴いてとても感動した人が、ミンガスの他のアルバムを聴いて感動するかは全然分からないし、逆に『直立猿人』だけを聴いて、ミンガス自体好きじゃない、と決め付けてしまうのは早計だと思う。
僕がミンガスを好きになったきっかけは、何故か全然覚えていない。5年か6年くらい前、鬱が本当に本当にひどくなる前に、何故かふと気になって、タワレコで『直立猿人』を買ってしまったのだけど、やはり全然聴かなかった。それから、僕はジョニ・ミッチェルがかなり好きなのだけど、これもまた数年前に、ジョニ・ミッチェルのCDのボックス・セットを買って、その中に『ミンガス』というアルバムが入っていて、そこに収録されている“Goodbye Pork Pie Hat”を、素晴らしいと思ったのだけど、それよりも『ミンガス』は全編ミンガスへのリスペクトに満ちたアルバムで、ミンガス自身はベースを弾いていないのだけど、曲間にミンガスとの会話が挟まれていたりして、ジョニ・ミッチェルが一枚のアルバムをミンガスに捧げたいと思うほど、ミンガスってすごい人なのか、と思って、ミンガスに対するイメージが、その時で大分変わった。それで早速“Goodbye Pork Pie Hat”の原曲が収録されている『Mingus Ah Um』というアルバムを買ったのだけど、やっぱりあんまりよく分からなかった。でも、ミンガスをもう少し聴いてみようかな、と多分その時から思い始めたと思う。僕が最初にミンガスを好きかも、と思ったのは多分一年か二年くらい前に、iTunesで『The Clown』というアルバムを聴いてからで、それは気まぐれに聴いてみただけだと思うんだけど、一曲目の最初のベース音を聴いた瞬間に、温かくて、とても懐かしい、お腹がぽかぽかするような感じを受けた。それは他のどの音楽のどの音でも感じたことのない、初めての感覚で、一瞬で、本当に強い親しみを感じた。でも、トランペットやらサックスが流れ始めると、やっぱり混沌としてきて、まだ多い音に慣れない時期だったので、ベーシストとしてのミンガスは好きだ、と思ったのだけど、ミンガスの作る音楽全体を好きにはなれなかった、と思う。何故、『The Clown』を聴いたのかは分からなくて、多分それも気まぐれだと思う。今はそうでもないんだけど、ジャケットがピエロの顔の写真で、ピエロの目が澱んでいて、ちょっと怖い。ベースの不思議な魅力をもっと感じたくて、その時、ミンガスのアルバムを片っ端から(というかiTunesにあるアルバム全て、、、50枚以上を)ダウンロードして聴いたんだけど、やっぱり疲れてしまったし、それに鬱がひどくなって、ベースの音も、ただの低音にしか聞こえなくなってしまって、結局ミンガスのアルバムは数枚だけ遺して、iPodから削除してしまった。……それで、数日前、何故かまた気まぐれで、iPodの中に残しておいたミンガスを再生してみたら、美しくて、美しくて、本当に驚いてしまった。今もまだ、その驚きの中にいる。まだ、ミンガスが大好きになって、たった数日なんだけど、だからまだ、ミンガスの魅力について、あまり書けなくて、でも、この驚きは、錯覚ではないと思うんだ。素敵な音楽があるって、好きで堪らない音楽があるって、本当に、本当に幸せなことだ。ミンガスが好きだなあ。そして、今からもっともっと、素晴らしい音楽に出会えて、いろんな音楽を好きになるだろう。それは、本当に、本当に幸せなことだ。……という中学生の作文みたいな結びで終わるのだけど。、、、それにしても、僕が何故ミンガスが好きなのか説明できない、ってどういうことだろう? 僕が好きになりそうもなさそうな音楽だと自分にしてからが思うのに。不思議だ。……眠ろう。

(追記、正午)

ここまでの文章は、夜中から朝にかけて書いていた。そのまま結局眠らずに、ずっと音楽を聴いている。音楽が楽しくて、うまく眠れなかった。今から眠ると、完全に昼夜逆転に戻ってしまうので、今日はあまり眠らないでおこう。

アンドリュー・ヒルは、雰囲気が暗く霧がかった感じで、好きになりそうだったけれど、ずっと浸っていたい感じじゃなかった。いいミュージシャンだな、と思うけれど、多分あまり聴かない、と思った。少し残念だ。

バド・パウエルチャーリー・パーカーの音楽は、やっぱりあんまり聴きたい音楽ではなかった。プレイヤーとしてはとてもすごいのだと思うけれど。少し聴いただけで、すごいテクニックを持っているのが分かるし、アドリブの自由さには引き込まれるのだけど、今は少し聴いていて疲れる感じだ。実際に僕は今、寝不足で疲れているのだと思う。いずれまた聴きたくなるかもしれない。

ジャズのアルバムを何十枚もダウンロードして、いろんな人のジャズを何十曲も続けて聴いていたら、一体何がいい音楽なのやら判然としなくなってきた。意識が浅くなって、何だかどれも同じみたいに聞こえてしまう。一度、今日ダウンロードした分は全部消した。好きな音楽は、今現に好きな音楽から、少しずつ拡げていった方がいいと思う。……でも、それだと予想もしないような新しい音楽にはなかなか出会えなくなるので、たまにはあれこれ聴きまくって、そして一度忘れる、ということをしてみるのも、いいことなのだと思うけれど。