日記

9月5日(土)、
どんな可能性でもあるのだ、と考えると、時々不思議な気がする。

昨日から眠らずに、朝になるまで文章を書いていた。原稿用紙15枚分。今日は少し書きあぐんでいた。ブログにも載せない、きわめて私的な文章を、この頃多く書いている。

何でも、どんなことでも可能なのだ。世界は美しい!

昼、少し眠りかけていると、ギターが届いた。ペグを交換したら、少し緩い音になって、弦を押さえやすくなった。かなり好みだ。これからどんどん練習していこう。

 

9月6日(日)、
何となく調子の上がらない日だった……。

 

9月7日(月)、
朝起きると、部屋が真っ暗で、時計を見ると3時だったので、随分早く起きたな、と思ったら、午後3時だった。昨日は台風で、雨戸を閉めていたのだ。たしか朝方に眠ったはず。

憂鬱で、息が苦しい。

夜、頭の中で脳波が荒れ狂っているみたいだ。横になっていると余計に辛い。

 

9月8日(火)
朝まで私的な文章を書いていた。とても眠くなる。眠気はいい。

午前6時半、きっかり1時間眠って、目が覚めた。

昨日の残りのいなり寿司三つと唐揚げ二つを食べる。

言葉とは何だろう?、と思う。

薬を減らしたい、と思う。実際、今のように落ち着いた気分だと、薬なんて要らない気がする。時々、ひどく落ち込むので、仕方なく飲んでいるけれど。僕はおそらく先天性の躁鬱で、それは長年抗鬱剤を服用していても全く効かなかったのに、躁鬱の薬(ラミクタール)を飲み始めてから、気分がとても落ち着いたから、そう思うのだけど、それ以外の薬は、きっぱりやめてしまいたい。自前の脳内麻薬だけで、何とかやっていきたい。僕はおそらくサイレースセロクエルエビリファイに依存しているし、ストラテラソラナックスは、あっても無くても、どちらでもいいという気がする。
数ヶ月前まで、僕はコンサータをどうしても処方してもらいたかったのだけど、今はその気持ちも薄らいでいる。コンサータの成分は、言ってみれば覚醒剤で、人によっては劇的なくらい元気になれるらしい。でもこの頃は、別に薬を飲んで元気になろう、という気持ちがあまり無い。元気があるよりも、静かな気持ちでいられる方がいい。薬が無ければ、僕の苦しみは一生癒えない、と思っていたけれど、脳がもっと回復すれば、薬は必要なくなるのではないか、と最近は思い始めている。哲学や文学は、精神の苦しみには、何の効果も無い、と思っていたけれど、どうもそうとばかりも言い切れない気がする。鬱が非常に強いときには、薬に助けてもらうのが手っ取り早いし、また自殺願望を抑えてくれるから重宝するのだけど、あくまでそれは補助的な手段で、……要するには僕は回復を実感している。ただ、少しの環境の変化で、非常に狼狽えてしまう性格は、多分一生変わらないだろう。
この間(3日前の昼)、Fenderアコースティック・ギターが届いて、とても嬉しくてわくわくしたんだけど、まずペグの交換に非常に手間取った。ペグを新しく買った訳じゃなくて、以前から持っているGuildのアコースティック・ギターに付けていたGOTOHのペグを外して、それを取り付けたんだけど、まずFenderとGuildの両方のペグを6つずつ外すのに時間がかかったし、GOTOHのペグのサイズがFenderのには全く合ってなくて、細かいところは説明が煩雑なので省くけれど、テレキャスター用の余ったパーツがたまたま使えたので、それをFenderアコースティック・ギターにペンチで無理矢理嵌め込んで、ネジの場所もネジ穴のサイズも全然違ったので、ドライバーでかなり無理矢理穴を空けて取り付けた。かなり見事に取り付けられた。最初買ったままの状態で弾いたときは、弦を押さえるのにかなり力が要って、音も張り詰めた感じだったんだけど、ペグを取り替えると、少し弦が緩くなり、丸っこくて、しかも輪郭のはっきりした、とても好みの音が出た。しかし、構えて弾いてみると、どうもしっくり来なくて、歌おうとしたんだけど、妙にぎくしゃくして、声がうまく出なかった。身体の方が勝手に違和感を訴えた感じだ。その違和感は今朝までずっと続いていた。新しいギターがある、というだけで、どうも安心できない。

午前9時に眠って、午後3時に起きる。冷凍のパスタを食べる。

それから夜まで何をしていたのか。夕食はまた外で焼き肉だった。成形木炭じゃ死ねないだろう、やっぱり練炭じゃないと、ということを母と話した。僕は悪運が強いのか、それとも無意識の内に死にたくないと思っているのか。多分前者だろう。成形木炭はよく燃えた。焼き肉はとても美味しかった。またお酒を一杯飲んだけれど、毎週焼き肉を食べて飲んでいるためか、今日はあまり酔わなかった。

夜、酔っ払っている。酔っているときは全然書けない。

 

9月9日(水)、
自分の声って、今のところ運命みたいなもので、どうしても変わらない。僕は自分の声を呪っていた。本当に、心の底から大っ嫌いだった。でも、最近は、仕方ないと思い始めてる。声変わりしてから18年もこの声と付き合ってきたんだ。今さら違う声に変えてあげると言われても困る。

僕は、歌うどころか、喋ることさえ、長年、満足に出来なかった。喉がとても詰まっていて。最近、やっと少し、喋るくらいは出来るようになった。鬱の症状として、声が出ない、というのがあるらしいけど、僕はまさにそれで、いつも喉が痛くて、耳鼻科に行っては異常なしと言われ続けていた。声変わりしてから20年近く、満足に喋れず、もちろん歌えもしなかった。

(もう少し書いていたのだけど、パソコンが再起動してしまって、消えてしまった。何にしろ、今日は調子の悪い日で、だらだらだらだらしていて、昼、3時に病院に行って、帰ってきてから、夜まで寝ていた。昼、冷凍のパスタを一度食べただけ。他には何も食べなかった。)