日記

8月29日(土)、
ああ、感じる力が、もっと感じる力が欲しい。

 

8月30日(日)、
夜中、この間書いたメモのようなものを改編して詩にする(『夏の夜中』)。

 

8月31日(月)、
僕は頭を使いまくるのもとても好きなんだけど、単純作業、手を使って、道具を使って、そして何かしら、「すり減ってる」と感じる作業も好きだ。だから、万年筆を使って、原稿用紙にひたすら文字を書き写す作業が好きで、万年筆のペン先が磨り減っていく感触、インクの、濡れた文字が、乾いていく過程が好きだ。昨日から、延々と詩(主に小笠原鳥類さんの散文詩)を満寿屋のルビなし原稿用紙に、書き写す作業を続けている。

煩悩、雑念が嫌だ。

昼間、別に害は無いのに、母が部屋に入ってこないかとびくびくしている。

夜。毎日一度くらいは、自分を取り戻す時間がある。でも、何日も自分が戻って来ないときもある。僕は本来はとても自閉的な人間だと思う。頭の病気がひどくなる前は、自分の世界に、大体いつも引き籠もっていた。

この頃、母がまた甘酒を作ってくれていて、毎日マグカップに1、2杯は飲んでる。元気が出る気がする。

今日はまた、自分を取り戻してるな、と感じる時間が多くあった。ここ何日か少しぼんやりしていたんだけど。自分の感覚……子供の頃からずっとあった感覚、ここ数年無くしていた感覚……を取り戻すと、何だかあんまり人と関わり合いになりたくなくなる。自閉的に過ごしていたいな、と思う。自分の頭より、手を使いたいな、と思う。書いたり、楽器を弾いたり、絵を描いたり。昔、イラストを描くことにとても憧れていた。漫画を描きたいと思ったことは無いんだけど(でも、描いたことがある)、何度か色鉛筆を買ったり、絵の具やパステルを買ったり、漫画の道具を揃えたりした。何と言っても、僕はデッサンが出来ないから、挫折してきたんだけど。風景もいろんな画材で描きたかったけど、特に女の子のイラストを描けたらいいな、と思ってた。

ひとり黙々と空想の世界で遊ぶのが好きだった。小学生くらいの時は、将来は市役所で働くか、たこ焼き屋さんになりたかった。定時に仕事を終えられて、あとは読書とかゲームとか、好きなことを出来る時間がいっぱいあるだろう、と思ったからだ。何故たい焼き屋さんや、ラーメン屋さんではなくたこ焼き屋さんだったのかは忘れた。多分、一番地味だと思ったからだろう。それにアイスピックみたいなのでたこ焼きをくるくるって回すのが格好いいと思っていた。18歳くらいの頃に、急に、有名になりたいとか、お金が欲しいと思うようになった。目立ちたくなってしまった。それが5年くらい続いて、その後10年くらいはひたすら自責の念で腐ってた。腐りきってなかったらしいことが、奇跡だ。
10歳の時から音楽と文学にずっぷり嵌まったけれど、特にミュージシャンになりたいとは思わなかった。18歳の時、目立ちたい、と思ったときにも、ミュージシャンになってライヴをしたいとは全く思わなかった。それより、ギターを練習して、せっせとアルバムを作れたらいいな、と思ってた。その夢は今も持ち続けている。僕は人前では、図太いのか緊張しやすいのか、いまいち分からない。小学6年生の時、全校生徒の前でやる劇で、僕は多分一番目立つ悪代官役をやったのだけど、あれは面白かった。ともかく、僕は10歳の時には、作家になれたらいいな、と思っていて、その頃から、言葉だけはいくらでも好きなだけ書くことが出来た。13歳の時に初めて詩らしい詩を書いて、とにかく中也の詩が好きになった。
今は、僕の内向的な部分はがたがたになっていて、言葉が上手いこと書けないし、僕としたことが空想の世界に浸ることも、言葉の中を自由に泳ぐことも、なかなか出来ずにいる。想像することと言葉が、何より、何より好きだったのに。今は僕なりに必死に、自分の世界と、言葉を、取り戻そうとしてる。でも、言葉が書けなかった間、何故かギターがちょっとだけ上手くなったし、歌は、ちょっとだけ歌えるようになってきた。18歳の時、音楽の理想は、ニック・ドレイクのギターだったのだけど、ニックと同じように弾くのは不可能だとしか思えなかった。それが今では大体弾ける。英語の力はこの10年間で明らかに落ちた。ほぼ全く英語に触れなかったから。本や音楽を楽しむ力も落ちた。自分自身がまだ少しあやふやだ。一時は中也の詩や、ニック・ドレイクの音楽にさえ恐怖を感じるほどだった。今は美しいと思う。でも、自分にとっての特別な思い入れの感覚には、まだ少し遠い。

 

9月1日(火)、
9月だ!

Amazonで満寿屋の原稿用紙が、何故か急にえらく値上がりしていて、表記を間違えているんじゃないかと思った。500円だったのが1300円になってる。うーむ。近々、出かけるついでに文房具屋さんに寄って、原稿用紙をたっぷり買おうと思う。詩を書き写していると、静かな気持ちになれるし、本当に楽しい。

朝、夜中の内に、原稿用紙20枚分の文章を書いた。さすがに疲れる。

朝から晩までまるまる眠ってしまう。

夜はまた焼き肉。5日前に食べたばかりなのに。まあ、美味しいからいいけれど。外で七輪で焼き肉をするのは涼しくていい。僕が一度使った結構上質な練炭(というか成形木炭?)が、この前見付かって、せっかくなので焼き肉に使ってみたら、よく燃えて火加減がちょうど良かった。

 

9月2日(水)、
昨日は飲み過ぎた。眠すぎて、ベッドに倒れ込むように寝てしまって、夜中に目覚めたらまだ酔っていてびっくりした。今朝になってもまだ少し酔っていた。

いつもあるのは自己嫌悪だ。僕は部屋にいるときだけ完結できる。感動することさえ出来るんだ。

満寿屋の原稿用紙がまた500円に戻ってた。何だったのだろう?

 

9月3日(木)、
夜中。驚きの感覚に満ちている。今まで身体を軽んじていたけれど、身体が在ることって、いかにも不思議だ。言葉があることも。音楽があることも。指や手があることも。その驚きがあまりにも当たり前なので、却って人には説明しにくいと思うほどだ。

頭の調子が大分良くなってきたと思う。現にあるものはあるし、現に無いものは無い、ということが明瞭としてきた。

 

9月4日(金)、
教科書に書かれているような歴史とは違う、心の歴史がある。

今月はとてもいい月になると思っていたのに、昨日と一昨日は少し調子が悪かった。自分が戻ってこない感じだ。

今朝、サウンドハウスに、ギターに関しての質問のようなことを書いたら、夕方になって、とても丁寧で快い返事が来た。それでかなり嬉しくなった。今までかなりサウンドハウスにはお世話になっていたけれど(何せ田舎住まいなので)、これからも利用しようと思った。朝から微妙に憂鬱だったのだけど、それで少し元気になった。

台風が近付いているからか、空が硫黄に包まれたかのように黄色い。なのに山の模様が妙にくっきりしていて、何だか景色全体がトイカメラピンホールカメラで撮ったような色合いをしている。

明日、多分、アコースティック・ギターが届くはず。メーカー(Fender)からの取り寄せなので、何ヶ月も掛かると思っていたのだけど、一ヶ月くらいしか掛からなかった。……しかし配送状況を見ると、もしかしたら届くのは明後日になるかもしれない。

何故、世界はいろんな国に分かれているのだろう?
精神の世界では宇宙人とだって繋がれる気がする。
ときどきは本当に、砂糖とコーヒーだけで生きていたい気がする。