ちょっと暗いこと、生活のこと

この頃、お金のことでいろいろ言われるので、考えなければいいんだけど、何となく先行きのことを考えてしまうし、お腹がとても痛くなる。僕には今、自由に使えるお金が、月に3万円あって、それでギターを買ったりしたのだけど、これは相当恵まれていると思う。父はもうすぐ定年で、貯金も無いし(具体的に父がどれくらいお金を貯めているのか、僕は知らない)、稼がねば、お前もがんばれ、と僕に言うのだけれど、僕は多分、稼ぐことを全く考えずにいられる時にだけ、もしかしたら稼ぐことも出来るかも知れない人間だ、と、自分のことを思う。逃げかも知れない。
家族でカフェをやったらどうだろうか、と冗談めかして父が言っていて、母は認知症の人向けのカフェが流行っているらしい、と言ったりしてて、僕は「コーヒーはまだかえ?」「おじいさん、もう三杯目ですよ」ってしてたら儲かるなあ、とか言っているんだけど、何にしても、僕にはあんまり出番が無いだろうな、と想像するし、笑いながら話してて、動悸がしたりする。弟は以前、数年間カフェでバイトをしていて、自分もカフェをやろうとあちこちの店を視察したり、今もたまに、やっぱりカフェをやりたい、と言っているらしいのだけど、学園祭でカフェをやったら、列が出来るくらい盛況だったのだけど、豆やら内装やらに拘りすぎて赤字だったと言っていた。僕も弟も、と自分で言うのも何なのだけど、やるとなったら完璧にやらなければ気が済まないタイプで、でも、僕と弟の大きな違いは、僕は最初からやらないけど、弟はちゃんとやる、というところだ。僕は、何かと言い訳をして、勉強もしたことが無い。いや、一度だけ本気で勉強をしたことがあって、それは実家を出てひとり暮らしをしていた時だったので、余計に今の環境(特に生活音とか、家族との夕食とか)に絶望的になっている。不安で塗り固められていても、淡々と一日1ページでも、語学だとか資格の勉強だとか、出来ても良さそうなのに、それがどうしても出来なくて、出来ないから余計に不安になる。弟は、よくスタバとかに出かけて勉強したり、リヴィングで、テレビが付いてても、平気で淡々とテキストを進めていて、現実的な目標を定めて、TOEICで何点取ると決めたらちゃんと取るし、2年後にどこそこの大学に入る、と決めたらちゃんと入る。それは僕には全然無い能力で、じゃあ僕には代わりに何の能力があるのか、と考えると、見当も付かない。
僕は十年前までは、勉強は何ひとつしなかったけれど、読書と書くこと(とあんまり関係ないけど音楽)が滅法好きだったので、一応そこそこの大学の法学部には入れたし、大学を中退してからも、何となく、僕は翻訳家か何かになるのだろう、と思ってた。仮に、お金にも何にもならなくても、いくら生活のことで父に不安なことを言われても、本を読んでいる間と、書いている間と、音楽を聴いている間は、完璧に幸せでいられた。それ以外の時は、生きていることが苦痛だったので、自分は鬱だと思っていたけれど、多分、本当に鬱になってからは、読書が出来ないし、何にも書けないし、音楽も聴いていられない、本当に何ひとつ逃げ場が無い状態になってしまっていて、自殺をしようとしても、詰めが甘いのか、生存本能が強い(業が深い?)のか、死ねなくて、よくある、婉曲な自殺をしようと、意識的に不健康に生きていた。僕は鬱では無かったのか、知らないけど、鬱の薬をやめて、躁鬱の薬を飲み始めてから、どん底感が無くなった気がする。人間関係は絶望と空虚の連続だと信じてしまっていたけれど、僕は少し気長になった。いや、それとも、気長な人間関係が築けたから、心が安定したのかな? 分からない。鬱と、躁鬱の鬱状態は、全然違う病気らしくて、躁鬱は生まれ付きらしい。
今は、書くと割と安定していて、すごく楽しいとまでは行かなくても、書いていると指が心地良くて、少し落ち着く。脳は、あまり働いていない。読書は、ちびちび読むと、ほわっと楽しくなれる瞬間が増えた。英語の読書が出来るほどには、好奇心は、戻ってこない。音楽は、楽しい。違う宇宙に連れて行ってくれる程では、まだ、無いけど。代わりにギターが楽しくなって、2週間前に買ったギターが可愛くてならない。……と、書いた途端に、またギターのことばかりを書きたくなってしまうくらい、今は素直にギターが好きだ。好きなんだけど、ギターばかり弾いててもどうにかなるものでも無いよなあ、と時々不安になる。具体的な(金銭的な)目標が無ければ何も本気になってはいけないのか?、と思うと、自分の脳の奥深くに、社会的な本能がインプットされている気がして、気が滅入る。お金が儲かることが意味があることで、そうじゃなければ無意味なのか、と。稼ぐことをまるで念頭に置かずに熱中すれば、逆にギタリストになれるか、ギターの先生にでもなれるかして、稼ぐことさえ出来るかも知れない。よく、10000時間練習や勉強をすれば、プロになれる、と言われていて、没頭すれば3年間で十分10000時間を超えられる、と思う。無駄な不安に遮られることが無ければ。それは現実的では無い、と考える自分がいて、堅実に、多少はまだ、高校生レベルくらいまでなら使える、心許ない英語力や、最近少し楽しいフランス語の能力をどんどん伸ばして、短期の翻訳学校に通うのが、自分にとって一番、無難なのでは無いか、と考えたりする。それにしても、……生きるのが昔ほど楽しくない、生きてたって、どうせ楽しくなんか無いんだ、と気を抜けば落ち込んでしまう自分がいて、本を読んでいても、熱中の一歩手前で、ぱたんと閉じてしまうし、「結局は、ああ」と思って、ヘッドホンも投げ出して、書いていたって「何の意味も無い」と茫然としてしまい、そのまま一日、何の感慨も無くただ焦りの気持ちと、それが高じての自殺願望だけで、灰色に過ごしてしまうことが実に多い。
……何となく、気が滅入ってきたので、やっぱりもっと、大好きなことを書きます。今大好きなことというとギターのことなのだけど、読書も、書くことも、音楽も、やっぱり大好きなので、そのことを書いている方が、ずっと、ずっと楽しいです。