日記

6月5日(金)、
眠らないのに全く眠くない状態が続いている。数時間眠ると二、三日は元気でいられる。

元気になると赤色にすごく惹かれて、憂鬱なときは青に惹かれる傾向がある。すごく憂鬱なときに買った万年筆はとても深いブルーだけれど、この色はいつも大好きで、この万年筆はずっと使い続けると思う。一年以上の間、毎日一日も欠かさず使ってる。インクはしばらく前から、凝固しかけた血の色に近いセピアを使っていて、ティッシュでインクを拭き取ると、どう見ても血を拭いたとしか見えない。でも字の色は、古い古い海図を連想させるような、落ち着いた、銅貨のような色で、とても気に入っている(ちなみに『古代の銅』というカラーだ)。赤は見ているととても安心する。血を見ていると落ち着くし、血がいっぱい出る映画を見ていると身体がゆったりしてくる。……というのは前置きで、ずっと白かサンバースト(木の色)のジャズマスターか、バタースコッチ色のテレキャスター(またはブロードキャスター)が、その内に欲しいなと思っていたけれど、今日、真っ赤なテレキャスターをネットで見付けて、身体の奥の神経がじわじわするくらい可愛いと感じた。縁取りが白なのが非常にスタイリッシュで、可愛さだけじゃないクールさもある。でも、まずひとつ思ったのが、今の僕にはあまり赤が似合わない、と思っている、ということ。それと、既にチェリー色のテレキャスターを持っているのにわざわざもう一本赤いテレキャスターを買う必要があるほど、僕はギターが上手くない、ということ。でも、欲しいなら買ってしまえ、と思う。三ヶ月経って、まだ欲しいと思い続けていて、それから今のテレキャスターを毎日欠かさず弾き続けていたら、買おうと思う。今すぐ買うのはとても衝動的なので。


6月6日(土)、
昨日、眠りすぎた。眠りすぎると、自分が何なのか、分からなくなる。昔からここにいる自分自身を思い出せなくなる。

心の中に熱量が無ければ! 僕は死んでいるのも同じ。

夕方、また死にたさについて書いていた。どうしたものか。生まれてきて、言葉と音楽の魔法に触れずに死ぬなんて。と、思うけれど、死にたいときには、魔法の予感なんて、奇麗さっぱり消え失せてしまって、何にも無い、ただ空っぽな心しか無い。


6月7日(日)、
何となく怠くて、これといって何もしなかった。今日はジャズを聴いていた。クラシックとロックしか聴かないようになるかもしれないと思っていたけれど、やっぱりジャズも楽しい。


6月8日(月)、
夕方、とても暗いことを書いていたので消去する。

全ては過ぎ去っていく。人生はとても刹那的なものだ。20年で死んでも100年で死んでも同じこと。この世の他に世界が存在するとか、自分が死んでも世界が続くとか、そんな空想は僕を駄目にする。自己卑下ではなく、自己を放棄すること。


6月9日(火)、
守らなければならないほどの自己なんて無い。


6月10日(水)、
一昨日からあまり食べていない。一昨日の朝に冷凍のスパゲティを食べてからは、アイスを三個食べた。


6月11日(木)、
朝、冷凍のスパゲティを食べた。


6月12日(金)、
四日間薬を抜いている。苦しかったのは二日間だけで、その後は何だか、皮膚感覚が敏感で、新鮮な気分でいる。薬を飲まないでいると、常に少し緊張してて、軽いパニックを感じていて、食欲がまるで無い。

今朝もまた冷凍のスパゲティを食べた。この前から同じ、明太子のスパゲティだけを食べている。それからまた、アイスを食べた。これだけ食べるのだけでも疲労感を感じる。食べたくて食べてるというより、食べないと頭の調子が悪くなるだろうから、がんばって食べてる。

とても暗い気分になって、しかも暗い考えが止まらなかったので、セロクエルを一錠とエビリファイを半錠飲んだ。やっぱり頭がぼんやりする。けど、気分は大分ましになった。出来れば薬は飲みたくない。

夕方、またレモンのアイスを食べる。アイスとスパゲティだけで生きてる。

午後六時、またとても暗い気分になって、世界が不穏な灰色の空気に満たされていくような感覚があるので、眠ることにした。

午後六時半、眠れないけど、少しましになった。

夜、食べるものが何も無かったので、カップ焼きそばを食べる。まあまあ食べられるようになってきたかも。

午後八時、眠いので眠ることにする。
おやすみなさい。