日記

5月1日(金)、
夜中。疲れ気味だ。あんまり調子は良くない。

昼過ぎに起きた。何だか感動的だ。訳も分からず感動している。大分暖かくなったからかもしれない。

夕方、母と三時間くらいお喋りした。読書は楽しいなあ、という話を主に。母も何か書けばいいのにな。そういう僕が、今あまり書けずにいる。読むことばかりしている。あとは、歌ったり、ギターを弾いたりとか。母に、無理矢理ギター演奏を聴かせたら、なかなかいいと言ってくれた。この頃、まあまあメロディが弾けるようになってきた。スケール(音階)を覚えるだけでは、いいメロディは弾けない。自分の思い通りのメロディを弾くには、単純な、指先の訓練が要る。割と地味に、無意識にスケール通りに弾けるまで、延々練習しなくてはならない。とは言っても、練習を練習だと思わずに、楽しく弾き続けていられれば、それが一番なんだけど。ただスケールを丸暗記する、というのが一番非効率だ。ピアノなら、キー(調)ごとに、効率的に音階を学べる、いい練習曲が揃っているけれど、ギターの場合は、練習のための練習曲が無いので(あればいいのにな。あるかも知れないけれど、ピアノと違って、練習曲で、かつ名曲、というものは無い)、一番効率的なのは、おそらく、コードに合わせて、いきなりメロディを弾いてみることだと思う。ルーパー(録音した音を延々繰り返してくれるエフェクター。とても便利)でコードを延々鳴らしながら、最初は適当に、段々確信的に弾けるように、何時間でも弾き続ける。なかなか中毒性があって、数時間なんてあっという間に過ぎてしまう。本当は、ジャズの即興セッションみたいに、二人以上で弾けたら、もっと面白いだろうけれど。特にベースとドラムがいれば、すごく楽しいだろうと思う。それぞれが交互に主役を取りながら弾けるから。セッションをするには、やっぱりベースがいた方がいいと思う。音の膨らみが全然違うから。ギターとベースとドラムのスリーピースが、この世で最小にして最強の取り合わせなのではないかと思う。あるいはピアノトリオ(ピアノ、ベース、ドラム)も大好きなのだけど、ピアノを弾けるようになるのは、大分先のことになるだろうなあ。シンプルな楽器構成の曲だけで、いつかアルバムを作ってみたいと思う。シンセ、とくに高音部に印象的に付加されるシンセの音が、僕はとても好きだけれど、全面的にシンセを取り入れたいとは思わない。様々な楽器や、コンピューターをたくさん使った音楽も、いつか作ってみたいなあ。
それにしても、母と父の仲があんまり良くなくて困る。あまり言い合っているのを聞きたくないから、ヘッドホンを付けて、聞かないようにしているのだけど、そういう風に聴いているときの音楽は、あまり楽しくない。

二日前に録音した8分間の即興演奏。テレキャスターの音が好きだ。

soundcloud.com


5月2日(土)、
夜中。眠気と疲れ。

未明。不安とは何だろう? 生活の不安が大きすぎる。そんなもの無ければ、きっと生活もうまくいくのに。幸せになりたい。幸せとはどういうものか、僕は知っていると思う。僕は、もちろん他人のことが分かるわけではないけれど、ほとんどの人は不幸だと思ってる。僕は幸せを知っているので、今自分が、幸せではないことも知っている。でも、ほとんどの人は、おそらく幸せが何かを知らない。あるいは忘れている。だからこそ、人の事はあまり悪く言えない。幸せでありながら、他人の不幸を願う人はいないと思うけれど、もしそういう人がいるなら、その人こそ本当の悪人だろう。大抵の人は、おそらく自分の生に満足していない。だから愚痴っぽくなるのも仕方が無いのだと思う。僕はただ、今、自分が幸せでないことだけが不満だ。

ああ、これから僕はどうやって生きていくのかな? 勉強もせずに、今日もギターばかり弾いていた。


5月3日(日)、
……


5月4日(月)、
僕は本当に元気になった。足りないのはこの世界からの脱出だけ。いつも意識が生活に繋がっている。生活の意識は、とても辛い。これからの先行きが不安だ。僕はどうやって、生きていけばいいのか。そんなこと。考えない方が、本当はずっとうまく行くのに。

グレン・グールドを聴いている。彼は、この世ならざる場所にいる。僕はずっと、その場所に行けずにいる。

夜、ほとんど最小の音でエレキギターを弾いていたんだけど、父にうるさいと言われて弾くのをやめた。近所迷惑には多分ならないと思うのだけど、ここは父の家なので、仕方が無い。もう少しで新しいスケールの感じを掴めて、気持ちよくなる感じだったのだけど、まあ急ぐこともない。大分、弾けるようになってきた。ヘッドホンを繋いでピアノでも弾こうかな。コードとスケール。音楽理論がとても奥深くて、一生追求していきたい、という気になってきている。ギターもそうだし、語学(英語、フランス語)の勉強もしていると、脳がとても活性化する気がする。本当は昼間、いろんな経験をした方が、夜になって、いい文章を書けるのだけど、このところずっと、昼間はギターを弾いてばかりいる。もっと、読書をしたいな、と思う。

夜なのに、かまびすしくカラスが鳴いている。虫の声と、カエルの声が聞こえる。もう、夏になるんだなあ。本当は、季節なんて関係ないところに行きたいんだけど、季節を感じることも、それはそれでまた嬉しいことだ。

テレキャスターの高音も大好きなのだけど、音が少し細いな、と思う。もう少し膨らみのある音が欲しいから、いっそジャズギター(Gibson ES-175)をいつか手に入れるのがいいかもしれない。ジャズマスターもかなりいいな。エピフォン・カジノもすごく丸い音がして、いいかも。今、一番ジャズマスターが欲しい。いつか、欲しい。ジャズマスターは、ガラスのような、しかも丸く膨らみのある音がするし、和音にも拡がりがあって、全体として、空間的な音がする。

ああ、これからどうなることやら。このまま怯えて過ごすのか。それとも、何の不安も無い場所に行くことが出来るのか。希望と、淡い絶望感がない交ぜになっている。

本当は、人は、争うことなんてひとつもないんだ。父と母は、毎日言い争っていて、よく飽きないものだ。でも、本当は彼らだって、完璧な幸せを求めているはずなんだ。でも、どこかで諦めているのかもしれない。誰もが幸せになれますよう。僕も、幸せでいたい。幸せになりたい。